元麻布春男の週刊PCホットライン

Appleが作りあげたiPodのエコシステム




●すでに2強の激突ではない

Apple「iPod nano」
ソニー「ウォークマンA」

 9月7日と8日、Appleとソニーの2社が相次いでポータブルオーディオプレーヤーを発表した。Appleの発表は、時差の関係で日本では8日となったため、9月8日に両社の発表が集中したことになる。

 これを受けて、口コミからマスコミまで、両者の製品が話題になった。が、ちょっと違和感を感じたのは、これを「2強の激突」と表現するメディアがかなりあることだ。筆者の個人的感覚では、現世代の決着はすでにAppleの勝利でついている。

 確かに国内市場だけを見れば、市場シェア2位のソニーは健闘しているといえるかもしれない。だが、最大市場である北米において、デジタルオーディオプレーヤーをめぐる勝負は決している。米国の量販店では、単にiPod本体だけでなく、サードパーティ製のさまざまな周辺機器、アクセサリが日本以上にあふれている。リリースによると、iPod専用アクセサリの数は千種類を超えるという。自動車メーカーもこぞってiPod対応をうたっているほどだ。

 もともと北米市場は、日本以上にソニーのブランド力が強かったところである。ソニーブランドの乾電池、ソニーブランドのカセットテープ、何でもソニーとつけば価格が高いことが許された。その市場で、ソニーはAppleに大差をつけられている。北米市場でどうであろうと、日本には関係ないではないか、と思う向きもあるかもしれない。

 だが残念ながら話はそう簡単ではない。それを端的に示しているのが今回発表されたiPod nanoの価格だ。4GBモデルが27,800円という単価は、他社製プレーヤーの半値どころではない。この事業からの撤退を表明済みのリオ・ジャパンが、9月7日に、ひっそりと製品の価格改定を発表したが、このいわば処分価格においてさえ2GBモデルが32,800円となっている。2カ月後にようやく発売になるソニーの新製品でも、2GBモデルの販売予定価格は3万円である(おそらく発売までに価格改定を余儀なくされるだろうが)。Byte単価の競争では「歯が立たない」というのが正直なところだ。

 それどころか、プレーヤー機能や液晶ディスプレイなど何もないCFでさえ、秋葉原で4GB品をこの価格以下で売っているところを筆者は知らない。もし今あるとしたら特別なバーゲン品だろう。2GB以上のフラッシュカードが日本よりはるかに安い米国の通販でも、これを下回る価格のCFを見つけるのは、それほど簡単なことではない。

 なぜこうした価格設定が可能なのか。それこそ売る数の差だ。全世界で数百万台の規模でiPodを売りまくるAppleに対し、国内市場だけを相手にしたベンダーでは勝ち目がないことは、すでにPCが10年以上前に立証している。

 わが国の独自アーキテクチャのPCは、「DOS/V」や「Compaqショック」に飲み込まれてしまった。ソニーの製品がサポートするという日本語に対応した並べ替えやサーチは、国内市場に向けた細かな配慮だと評価したいが、はたして世界戦略の中でどれだけの意味を持つのだろう。残念ながらコンテンツの流通に国境があっても(作れても)、フラッシュメモリチップに国境はないのだ。もちろん1.8インチや1インチの小型HDDにだって国境などあるわけがない。

 トップシェアの会社が先頭に立って価格破壊を行なうというのは、PC市場でDellが行なっていることと同じ。Dellと比肩しうるサプライチェーン管理技術がAppleにあるのかどうかは知らないが、今やデファクトスタンダードとなったDRM(著作権管理)技術を持っていることは間違いない。これはiPod nanoに始まったことではなく、しばらく前からの既成事実。だからこそ2強激突などと言われてもピンとこないのである。

●iPodはMP3に続く第2世代のインフラ

 では、ソニー(に限らず他社)はどうすればよいのだろう。BOSEやJBLのように、iPodに対応した外部スピーカーでも作って、Appleのサードパーティにおさまるか。それで良ければ、そうするのも1つの道かもしれない。Appleは歓迎してくれることだろう。しかし、これを良しとしないのであれば、何とかしてiPodの壁を打ち破る必要がある。もちろん、これは容易なことではないが、絶対に不可能なことでもないハズだ。

車載キットをはじめとして、iPodには数千のアクセサリが登場しており、大きな市場を作りあげている

 iPodの強さは、単にByte単価が2倍以上低いことだけではない。今やデジタルオーディオのインフラの一部になっていることである。コストパフォーマンスが高くデザインの優れたiPod、そのiPodだけで持ち運べるDRM付きのAACファイル、それを売るためのオンラインストア(iTMS)、音楽ファイルを管理/再生するソフトウェア(iTunes)、千種類を超えるアクセサリ、自動車メーカーの積極的なサポートなどが一体となり、1つのインフラ、エコシステムを構築している。

 もちろんこうしたエコシステムは、最初から計画して構築されたものというより、iPodの大ヒットにより自然発生的に(ある意味結果として)生まれたものである。だが、どのような形で生まれたものであれ、今では堅固なインフラとなっている。iPod nanoを買うと、パッケージに薄っぺらなプラスチックの部品がついてくる。これは、厚みのあるiPodやiPod miniに対応した周辺機器の一部でiPod nanoを利用するためのアダプタだが、Appleがこのアダプタをつけているということは、今やiPodがインフラの一部であることをApple自身が理解していることの証にほかならない。然るべき理由でもない限り、Dockコネクタを変えることは、Appleにさえ許されないということだ。

 Appleに挑戦しようというメーカーは、こうした点を良く理解する必要がある。単にiPodより優れたプレーヤーを出すだけでは足りない。iPodが築いたインフラに勝てるインフラ(エコシステム)を、世界に通用する形で提案する必要がある。

 そんなことは百も承知だというメーカーもあるかもしれない。が、いまだにiPodにデータを転送できないコピープロテクションを施したCDを売ろうというメーカーがあるのが、わが国の実情だ。インフラを拒否するコンテンツを売ってどうするというのだろう。Apple/iPodというインフラが気に入らなかったとしても、市場はすでにそれを選択した。Apple以外のメーカーは、iPodがインフラになるのを阻止するべく全力を尽くしてきただろうか。

 筆者の考えるところでは、iPodはデジタルオーディオの2世代目のインフラだ。最初のインフラは言うまでもなくMP3である。MP3により音楽はデータとしてのポータビリティを飛躍的に高めた。そしてPCの所有者であれば、誰もが再生可能な最初の共通フォーマットとなった。今や市販されるポータブルデジタルオーディオプレーヤーで、MP3に対応していないものはない。対応しないもの(ほぼすべて国産の製品だが)は、すべて駆逐されたからだ。MP3は、単なるフォーマットというよりデジタルオーディオの最初のエコシステムを生んだインフラだと筆者は考えている。

 AppleがiPodで巧みだったのは、この第1世代のインフラと必要以上に敵対しなかったことだ。iPod/iTunesはMP3にも対応しており、推奨コーデックであるAACとどちらを使うかは、ユーザーにゆだねられており、決して強制していない。どうしても前世代のインフラと衝突しなければならない時(新しい規格を強制しなければならない時)もあるが、その場合はユーザーにとっての必然性がなければならない。

 一般にDRM付きのデータはユーザーの利便性が下がる。それを著作権保護を振りかざして強制しても、反発を招くだけである。DRMにユーザーメリットがないからだ。Appleは、DRMの縛りを極力ゆるくすると同時に、iTMSで別の利便性、オンラインで容易に安価に合法的に音楽データを入手する方法を提供した。いわばDRMという苦い薬を、無理やり飲ませるのではなく、オブラートに包んで飲みやすくしたわけだ。

 こうして一度DRM(ユーザーにとってはiTMSからダウンロードした楽曲データ)を飲ませてしまえば、iPodが採用する独自DRMは著作権だけでなく、Appleをも守ってくれる。別のプレーヤー/インフラへ移行しようとするユーザーは、過去にダウンロードした楽曲を捨てなければならなくなるからだ。

 つまりApple/iPodと勝負を挑むメーカーは、DRMに守られたインフラを打ち破らなければならない。これは決して容易なことではない。が、アナログレコードからCDへの移行のように、過去のユーザー資産を放棄させるインフラの世代交代が過去になかったわけではない。要は、新しいインフラが、既存のユーザー資産を放棄してまで移行したいと思わせる魅力を提案できるか、ということに尽きる。

 日本の家電メーカーの進む道として、iPodのサードパーティになる、あるいはiPodのDRMであるFairPlayのライセンスをなんとか有償で使わせてもらう(ライセンスしてくれるのかどうかは分からないが)、という道もあるかもしれない。が、どんなインフラも未来永劫続くものではない。日本人として、デジタルオーディオの3世代目のインフラを提案するのが日本企業であって欲しいと願っている。

□関連記事
【8月9日】Apple、カラー液晶搭載の「iPod nano」(AV)
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20050908/apple1.htm
【8月9日】ソニー、有機EL/流線型の20/6GB HDD「ウォークマンA」(AV)
http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20050908/sony2.htm

バックナンバー

(2005年9月14日)

[Reported by 元麻布春男]


【PC Watchホームページ】


PC Watch編集部 pc-watch-info@impress.co.jp ご質問に対して、個別にご回答はいたしません

Copyright (c) 2005 Impress Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.