●歴史的な発表
今から1年後をめどに、最初のIntelベースのMacintoshをリリースし、2007年末までにすべてのMacintoshをIntelベースに移行するとしている。プレスリリース(AppleとIntel両社のWebサイトに同じものが掲載されている)によると、MicrosoftはIntelベースMacintosh向けにOffice for the Macをリリースするという。Intelも、自社の開発ツール(C/C++コンパイラ、Fortranコンパイラほか)をMacitosh向けにリリースする。
AppleがIntelのプロセッサを採用するという話自体は4月にも米Wall Street Journal紙の紙面を賑わせた(この時点において、AppleとIntelの両社は「噂に過ぎない」としか論評しなかったが)から、やっぱり、という感想だが、それでも正式発表されると感慨深いものがある。クパチーノのApple本社とサンタクララのIntel本社は、直線距離にすると10kmにも満たない距離しか離れていないが、四半世紀を超える歴史においてAppleが主要製品にIntel製のコンポーネントを使うことはなかった。その意味で、今回の発表は歴史的なものだ。 ●論理的な帰結 しかし、仰天するようなものかといえば、そうでもない。Appleに他の選択肢があったとは思えないからだ。Macintoshが採用するPowerPCプロセッサは、時にApple自身が製造元を非難するなど、ロードマップの履行は遅れがちである。特に深刻なのは、ノートPC(PowerBook)向けの新しいプロセッサがなかなか出てこないこと。先日、米国の調査会社から、米国市場においても5月の売り上げでノートPCがデスクトップPCを上回ったというレポートが出されたばかり。ノートPCで競争力を失うことは、将来を失うことに等しい。 現行のMacintoshが採用するプロセッサのうち最もパワフルなのは、IBMが提供するPowerPC G5だが、消費電力(発熱量)の関係からノートPC(PowerBook)への採用は難しい。 PowerBookに採用されているPowerPC G4プロセッサを提供するFreescale Semiconductorは、組込み用プロセッサにフォーカスをシフトしており、Apple以外の顧客が見込めないノートPC向けプロセッサに割けるリソースは限られている。IBMのハードウェア面におけるフォーカスはサーバーであり、これまたノートPC用のプロセッサに注力するとも思えない。 もちろん、1品種で数百万個のオーダーがあれば、新しいプロセッサを開発するのもやぶさかではない(Xbox 360が採用するプロセッサや、ソニー/東芝との共同開発であるCellのように)だろうが、現在のAppleのシェアではそれはできない、ということなのだろう。少なくとも、IntelやAMDの開発ペースに伍していけるだけの開発資金を投入することは難しい。x86以外のプロセッサの選択肢はほとんどなかったのではなかろうか。 もちろん、Xbox 360のプロセッサやCellを採用する、というのもアイデアとしてはあるが、提供時期の問題、将来のロードマップの問題(基本的にゲーム専用機はPCのようにクロックアップしてはいかない)などを考えると、ハイそうですかと採用するわけにもいかないだろう。 逆にIntelとAppleの話が進行していたから、MicrosoftはIntelからIBMへ乗り換えた、と見るのはあまりにもうがちすぎかもしれないが、Intelのマザーボード(D955XBK)がIEEE 1394bを採用しているのは、対応周辺機器の状況やLonghornでのサポート(TCP/IP over IEEE 1394のサポートがなくなるなど縮小傾向)を考えると、ちょっと臭い気もする。
●VTプラットフォームとしてのMac OS X Appleにとってx86への乗り換えは、プラットフォームの再定義であり、エコシステムの再構築にほかならず、非常な努力と資金が要求される。が、iPodやiTunesといった音楽事業が好調な今なら、その余力があるとも考えられる。一部レポートで、iPodの売り上げに陰りが見え始めたとも言われているが、少なくとも対抗製品に顧客を奪われたというわけではない(特に米国市場)から、それほど悲観することはないハズだ。 一方、IntelにとってはAppleの採用で自社製品の販路が広がるのだから、基本的に良い話に違いない。もう1つ考えられるのは、Intelが間もなく導入しようとしているVT(仮想化技術)との関連だ。VTの問題の1つは、たとえそれが利用可能になっても、その上で実行するOSがないことである。もちろん、Intelプラットフォームの上でまず実行するのはWindowsだが、Windowsのライセンスは仮想マシンごとに取得する必要がある。ボリュームライセンスやソフトウェアアシュアランスを持つ大企業ならいざしらず、個人ユーザーが1台のPCのために、複数のWindowsライセンスを購入するとは到底考えられない。 また、過去のOS(Windows 98 SE、Windows Me等)も、多くの個人ユーザーはアップグレードOSを購入した時点で、ライセンスを失っており、やはり合法的にインストールすることは難しい。これもソフトウェアアシュアランスを持つ大企業であれば、こうしたライセンスの問題はないが、これでは仮想化技術はコンシューマーには無縁なものになってしまう。 Intelは先日Pentium DプロセッサとPentium 4 670プロセッサを発表したが、実は当初はVTをサポートするのはPentium 4 6xxプロセッサだけで、Pentium DプロセッサやPentium Extreme EditionはVTをサポートしない。 筆者はこの理由についてIntelにたずねてみたのだが、その答えはVTは当初企業向けのフィーチャーであり、Pentium Dプロセッサはコンシューマーを意識した製品であるからだ、という回答をもらった(もちろん今回の発表のはるか以前のことである)。VTがあってもコンシューマーがその上で実行するOSなど無いに等しい状態だったのだが、Mac OS Xが加わることでVTがコンシューマーにとっても輝きを持つ可能性がある。 となると、残る問題はMac OS Xは多くのPCユーザーにとって魅力のあるオプション足りえるのか、ということになる。が、Mac miniからのにわかユーザーである筆者でさえ、答えはイエスだと考える。初期には色々と批判されたこともあったMac OS Xだが、今は十分安定していると使っていて感じるし、Windowsにはない魅力もある。ハードウェアプラットフォームが共通化され、デュアルブートあるいは仮想マシン上での同時利用が可能になれば、Mac OS Xの敷居はさらに低くなる。もし不都合があれば、いつでもWindowsを起動すればよいのだ。 もちろん、デュアルブートを可能にするには、Appleがサポートするx86プラットフォームが現行のx86プラットフォームと互換性を持ったものでなければならない。現状では、その情報は乏しく、ここから先は希望的観測になるが、Appleがわざわざ自前で独自のチップセットを作ったり、Intelに作らせても、得られるものがあるとは思えない。仮にチップセットに独自のものを用いても、些細なハードウェア上の違いなど、これから普及する仮想化技術がやすやすと飛び越えてしまうだろう。逆に同じハードウェアプラットフォームの採用を、巨大な市場に切り込むビジネスチャンスととらえるべきだ。 ●Windowsのライバルとしても期待 こうした考え方の一方で、共通プラットフォーム化は、Apple自身の手によるMacintoshを滅ぼすのではないか、という声もある。Macintoshが無くなるという懸念は、安価なクローンにやられるから、ということからきているのだと思うが、果たしてそうなのだろうか。確かに以前はMacintoshはPCに比べて著しく割高だった。しかし、Mac miniに限らずiBookやiMacが同等のグレードのPCに比べて、それほど割高だとは思えない。むしろ、標準添付されるソフトウェア(iLife等)のクオリティまで考えれば、割安なモデルさえあるのではないかという気がする。 また以前に比べればパーソナルコンピュータの絶対価格そのものが低下しており、おのずと価格差も縮小している。たとえば、同じスペックのPCで、Appleが外装デザインを行なったPCが1万円高かったとしたら、それは市場で見向きもされないだろうか。Appleが新しいMacをリリースしてしばらくすると、それを真似たPCケースが台湾ベンダから登場することを見ても、Appleのデザインは競争力があるし、そこに多少の差額を払おうというユーザーは相当数いるハズだ。 現在、Macintoshの市場シェアは3%程度にまで低下したと言われている。逆に言えば、もはや失うものなどない。篭城してシェアを守るより、どんどんOSをPCユーザーに売ることを考えた方が建設的だ。PCユーザーにとっても、利用しているプラットフォーム上で選択可能なOSが増えるのは、それだけで大歓迎だ。すでに述べたように仮想化技術という追い風もある。 PCプラットフォーム上のOSに競争がもたらされれば、Microsoftもまた刺激を受けるだろう。たとえ技術的に即効性がなくとも、Appleの参入により高止まりしているWindowsのライセンス料が見直されるきっかけになれば、それだけでも素晴らしい。 ノートPCが69,800円で売られる時代に正規版のOS(Windows XP Professional SP2通常版)を4万円近い価格で売っているのも、結局は競争がないからだ。アクティベーションの導入時も価格は見直されなかったし、上述した仮想マシンに対するライセンスの問題もある(内蔵するコアの数にかかわらず物理プロセッサ単位でライセンスするのなら、仮想マシンの数にかかわらず、物理マシン単位でライセンスする、という決断はできないものだろうか)。筆者はAppleがIntel製プラットフォームに移行するのを歓迎したいし、PC向けのOSベンダとしてぜひ成功して欲しいと願っている。
□関連記事 (2005年6月7日) [Reported by 元麻布春男]
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