第262回
フォトキナで拾ったPCネタ



 コンシューマ、エンタープライズ系のPCやネットワークとは全く異なる異業種の取材にドイツ・ケルンにまで出掛けた。今年はそういった異業種取材が多い。スチルカメラやその周辺製品を中心に、ムービーカメラや編集機材までをカバーする「photokina 2004」(フォトキナ)に出かけたのだ。取材中に拾ったいくつかの話題をピックアップしていきたい。

●写真業界イベントに溶け込んでいたエプソン

 “PC業界側”の視点から見たとき、失礼ながらもっとも意外だったのは、セイコーエプソンがフォトキナのメイン会場の中に、並み居る光学機器メーカーの中へと溶け込んでいた事だ。撮影/即時プリントのデモを行なう様子は、まるでプロ向けの感光材料メーカーのよう。「R-D1」とPX-Pインクを用いたプロ向けプリンタで制作したフォトギャラリーも、なかなかセンスがある。

 R-D1も、日本で発表された時よりもずっと素直な受け取られ方をしている。来場者自身が、いにしえのレンズを利用可能なレンジファインダーのデジタルカメラを作り、発売することの難しさや意気込みを十分に汲み取っている印象だ。そこには「エプソンってプリンタ屋さんでしょ?」といった、斜めからの視点は全く感じない。

 ちなみにEU圏でのお披露目はこのフォトキナが初めてで、出荷もこれからだそうだ。価格はおよそ3,000ユーロ(約41万円)というから日本よりもかなり高価だが、引き合いは強いという。現地でR-D1の企画を担当した情報画像事業本部の枝常伊佐夫氏と話す機会があったが、手持ちのライカMマウントレンズを持ち込んで試し撮りしては「今すぐ買いたいからこの場で売ってくれ。保証なんかどっちでもいい。今すぐだ」と言って困らせる筋金入りのカメラヲタクが日に5人は現れたという。

 もっとも、カメラ好きの度合いから言えば、枝常氏も負けてはいない。何しろR-D1の企画を立案し、通してしまったお人だ。EUと北米ではパッケージに枝常氏のメッセージとサインを記したカードを同梱する企画があるのだとか。

 エプソンブースのギャラリーには、有名写真家の作品に混ざって枝常氏が撮影した写真も2枚飾られていたが、これは現地スタッフが内緒でギャラリー作品に混ぜておいたものだとか。“エディ”の愛称で知られている枝常氏は、欧州写真文化の中に受け入れられ始めている。

 もうひとつ。初代モデルは高額かつ純粋なビューアということもあって買得感が低かったPhotoFine Playerが「P-2000」になって魅力的になっていた。すでに日本でも発表されているが、動作もなかなか軽快。価格も大幅に下がり、映像や音楽の再生機能まで付いた。何より映像の美しさは他に比較する対象がないほど。ちなみに内蔵プロセッサはTI製だという。ただ、大きさ、重さ、バッテリ駆動時間がやや弱点か。

 現地では話を聞いてみると、大方の予想とは異なり内蔵ハードディスクは1.8インチではなく2.5インチなのだとか。ならばサイズや重量、消費電力の面も説明がつく。2.5インチHDDと各メモリカードのスロット、3.8インチ液晶パネルが入ってこの大きさなら、むしろ小さいぐらい。1.8インチドライブ採用で携帯性を突き詰めて欲しいとは思うものの、そうすると前モデルのP-1000並の価格になってしまうだろう。

 ちなみにP-2000。音楽フォーマットにAACをサポートしている点がユニークだが、非公式にはDivXの再生も可能らしい。すべてのバージョンがOKというワケではないようだが、比較的最近のDivXなら再生可能との情報があった。

フォトキナ前日、準備を進めていたエプソンブース 枝常氏本人による作品をブースのギャラリーに発見。展示されていたのは本人も知らなかったそうだが、それだけR-D1の開発者として現地で愛されているということか

●日本では販売されないフォトプリンタ

 日本でも一通り主要ベンダーのプリンタが発売されたが、日本と欧州ではラインナップが同一ではない。たとえば欧州では日本では発売されていない、世界最小1pl(ピコリットル)のプリンタ「iP5000」が発売されている。染料のCMYに加え、顔料と染料の黒を1個づつ、全5インク構成となっており、究極の写真画質を目指した製品というよりも、ライトインクを使わない経済性と写真画質の両立を目指したバランス指向の製品だ。

 会場にやってきていたあるインクジェット開発チームの室長に話を聞いてみたところ、(彼の担当製品ではなかったようだが)「キヤノン製フォトプリンタの良さのひとつに速度があると思っている。しかし、1plのiP5000は写真印刷が遅くなるため、日本での発売は見送った」との事。

 単純計算でうまく行くかどうかは分からないが、ドロップレットが半分になれば、同じ濃度を出すためには2倍のドロップレットを打ち込む必要がある。したがって従来より2倍高速な印刷システムが必要になり、同じ速度で印刷するにはヘッドを駆動する信号の帯域も2倍必要と、なかなか難しい問題が待ちかまえている。iP5000はノズル数もインク数も少ないモデルだからこそできたプリンタなのかもしれない。

 一方のエプソンは日本で発売された機種の一部が欧州では発表されず(PX-G5000およびPM-A900)、出展の主役はプロ向けのPX-Pインク採用機が中心。そろそろ日本で言う「PM-4000PX」の後継も発表が待たれるところだが、今回のフォトキナには間に合わなかったようだ。

 日本で発売されないフォトプリンタと言えば、HPの「Photosmart 8450 printer」がある。この製品は、一般的な6色インクフォトプリンタに3つのグレーインクカートリッジを加えたものだ。

 モノクロ印刷が素晴らしく美しいのはもちろんだが、グレー階調がしっかりとしているため、カラー印刷の品質も素晴らしい。特にシャドウから中間調にかけての描写は他の製品にはない魅力を持つ。コントラスト調整にカラーインクのコンポジットを利用せず、グレーインクを活用しているからだという。

 3カートリッジ構成で本体幅が広すぎる点や、複合機にフォーカスする日本HPの戦略などが発売されない理由だろうか。非常に高画質なだけに日本への導入が見送られたのは残念なところだ。

PIXIMA(日本でのPIXUS)iP5000。見た目はiP8500と同じだが、その中身は5インク1plの新システム HPの「Photosmart 8450 printer」

●一眼レフデジカメの熱き戦いを見つめて

 今回のフォトキナは、各社とも気合いの入ったデジタル一眼レフカメラが揃った点でも注目された展示会だった。こんな時にしか、なかなか話を聞けない開発や経営の現場に近い人たちとも、短期間に連続してお会いすることができた。実際、今回は取材対象の担当者に時間が無かったペンタックスを除き、一通りのデジタル一眼レフカメラベンダーに話を聞くことができた。

 PC業界と大きく異なるのは、これだけ急激に立ち上がった市場で激しい争いを行っているにもかかわらず、比較的ゆったりした空気を感じること。互いに手の内を知る会社同士、市場拡大の役割を各々が果たそうという雰囲気である。新製品、新技術で市場を奪い取る、というのではなく、自分たちが特徴を出せる分野でしっかりと製品を作って行こうという気持ちが伝わってくる。

 キヤノン、ニコンの2大メーカーが際だって目立つのは当然だが、取材や欧州での来場者の反応を見ていると、オリンパスの「E-300」、コニカミノルタの「α-7 Digital」、ペンタックスの「*ist Ds」も、それぞれの特徴が活きて素晴らしい製品に見えてくる。とかくデジタル部のスペックに集中するデジタル一眼レフカメラの話題。しかし手持ちのレンズにデジタル向きのものが少ないならば、用途に合わせて新しい世界へと飛び込んでみたいと思えるだけの個性を、それぞれが備えている。

 一眼レフカメラは元々趣味性の高い製品だ。これからの購入を検討している読者は、世の中一般のベストセラーではなく、自分だけのベストバイを探してみてはどうだろう。

●新型燃料が必要な業界はデジタルカメラだけではない

 最後にキヤノンの岩下副事業本部長とのインタビューで出た話題について触れてきたい。インタビューの中で“デジタルカメラ業界は、薪にガソリンを投入するがごとく……”と質問した。自らせっかく立ち上がった市場の燃焼速度を速め、コモディタイズ(日用品化)を促進させているように見えるからだ。極端にコモディタイズが進んだ業界では、高付加価値製品で利益を上げることが難しくなってくる。

 もちろん、進化すること、低価格化することは悪いことではないが、適正な速度で進まないと破綻が早まり、結果的に十分に各製品の熟成や進化が達成されないまま、投資に見合わない市場へと転じるだろう。メーカーにとっても不幸だが、ユーザーにとっても長期的には良いことではないように思える。

 コンパクトデジタルカメラ市場は、何らかの技術革新による製品の改善(=新型燃料の投入)がなければ、今以上に拡がるのが難しいという。しかも、キヤノンでさえ、即効性のある新型燃料は持ち合わせていない。「必至になって探しているところだ」との岩下氏の言葉は本音だろう。

 同じ事はPC業界にも言える。あまり悲観的な事は言いたくないが、この連載で扱ってきたモバイルPCに関して、最後の新型燃料が投下されたのは昨年3月のインテル・Banias発表である。応用分野に限ってみれば、テレビとパソコンの融合が2000年ごろから始まって以来、目立った材料はない。

 たとえば最近発表されたソニーの「VAIO type T」や、マイナーチェンジとは言え人気の高い松下の「Let'snote Light」シリーズはもう少し話題になってもいい。それでも、今ひとつ盛り上がってこないのは燃料不足のような気がする。

 両製品とも、バッテリ持続時間や小型・軽量化など、とてもよくできた製品。特にtype Tはよくもあの構成であのサイズを実現したと感心する。W2もキーボードの変更で、やや使いやすさを増した。新型燃料とまでは行かないが、ここで一度、モバイルPCの再評価をやり直す時期かもしれない。

●フォトキナ会場撮影行脚

 フォトキナ会場の至るところで撮影会が行われている。中でもAgfa、富士フイルムあたりの撮影/即プリントを行なうデモはなかなか本格的。Agfaの場合、撮影教室のように機材の設定や撮影テクニックの解説までしてくれるのだが、そんなことは誰も聞いちゃいない。

 ストロボのモデリングランプを利用して、話そっちのけでインスタント撮影会。もちろん、モデリングランプ程度の光量ではかなり暗いが、ISO800/F5.6なら1/40秒ぐらいで撮影できるから、手ぶれ補正付きレンズならなんとかイケル。

 ところで今回の取材はEOS 20DにEF-S 17-85mm F4-5.6 IS USMをボディキャップのごとくつけっぱなしで行った。やや階調表現が苦手という印象は拭えないが、強調されすぎないエッジや、10Dよりもやや暗めのトーンカーブ、鮮やかすぎない発色など20D自身には満足している。強い光が差し込む構図でも、ハイライトは意外なほど粘る。しかし、レンズの方は今ひとつ。広角寄りの高倍率ズームだから……とは言うものの、17mmのワイド端から50~60mmあたりまで、やや強めの陣笠歪が出るのはいかがなものか。

会場に向かう途中、EF17-85の歪をチェックしてみると……なんと立派な陣笠!テレ端でもやや糸巻歪が残る

 色収差に関しては“まぁ、こんなもんだろう”とは思うが、この歪みは修正がとてもやりにくい。ボディ性能が良いだけに、また7万円ものプライスタグが付いているレンズとして、もう少しこだわりが欲しい。先日は個人的に購入しようと考えていた「EF 70-300mm F3.5-5.6 DO IS USM」の画質にも落胆したが、キヤノンには中級機ユーザーが満足できるだけのレンズを揃えて欲しいものだ。

フォトキナ会場ではさまざまな場所でスタジオフォトの教室や撮影してスグに美しいプリントを得られるプリントデモなどが行われている。そんな様子をフォトグラファーの後ろから、ちょっと盗み撮影……なんて事をしているユーザーはとってもたくさんいる。実際のところ撮影ばかりに集中していて、デモ効果があるのかどうか、イマイチ疑問と思った こちらはAGFAブースで定期開催していた撮影教室。司会が撮影条件などについて説明しながら、さまざまなライティング、ポーズで撮影。その場で印画紙にダイレクトプリント こちらは富士写真フイルムブースでの“おこぼれポートレイト”。モデリングライトの光を利用してISO800でお試し撮り
ソニーブース。かなり凝ったスタジオ撮影のデモを行なう感材メーカーに対して、“デジカメ屋さん”は割と手軽にミックス光下でデモ モデルコンテスト! と銘打ってスタジオ撮影機材のデモをしていたのはいいが、ずっとこのお姉さんばかり。出場者は居なかったということか?

□関連記事
【10月2日】やじうまPhotokina 2004
http://dc.watch.impress.co.jp/cda/other/2004/10/02/193.html

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(2004年10月6日)

[Text by 本田雅一]


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