元麻布春男の週刊PCホットライン

WinHECを前にして



●行き詰まりを迎えているPC市場

 筆者はこの原稿をWinHECが始まる前の日に、開催地であるシアトルで書いている。これはWinHECを前にした筆者の問題意識をまとめたものだ

 最新の市場調査等によると、この四半期のPCの売り上げ台数はプラスに転じそうだという。それ自体はおそらくは喜ばしいことだが、PC市場にかつてのような活気がないことは、どうにも否定しようのない事実だ。米国や日本を始めとする先進国では、PCの普及率は6割を超える水準に到達しようとしており、需要は新規から買い替えに移りつつある。

PC市場の3つの階層
 先進国においてもまだPCを購入していない層(C)は存在するが、その人たちの多くはインターネットも購入動機にならなかった人たちであり、この人たちにPCを売り込むのはかなり難しいものと思われる。

 PC市場のエコシステムで最上位に位置するのは、PCについて良く知っている人、あるいは知りたいと考える人たちだ(A)。かつて、PCのOSがWindows 3.xあるいはそれ以前の時代、PC市場はこの部分だけだった。この人たちは放っておいても自らPCのケアをするし、必要だと思えばソフトウェアのバージョンアップもしてくれる。このコラムを読んでくれる人の多くも、このカテゴリーに属する人たちだと思う。

 しかし、Windows 95/98以降、インターネットを主な目的としてPCを購入した人たちの多くは、PCそのものが目的ではないという点で、上述した人たちと決定的に異なる。おそらくソフトウェアのバージョンアップをするより、ある時点において古くなったPCを丸ごと更新することを選ぶ人たちではないだろうか。現在のPC市場の中核を担う、もっとも大きなボリュームとなっているのがこの層(B)である。この層の参入によって、市場ではPCの低価格化が進行した。

 現在MicrosoftをはじめとするPC業界が先進国で直面しているのは、次のような問題だ。

1. いかにしてAの層のソフトウェアやハードウェアの更新頻度を高めるか
2. いかにしてBの層のPC買い替えを促すか
3. いかにしてCの層にPCを売り込むか

 これら3つの層に対する回答は共通かもしれないし、それぞれ異なることもあり得る。

 いずれにしてもPC業界が発展し続けるには市場の成長が不可欠だが、それが難しくなっているのが現状だ。これまでロイヤリティ(忠誠心)の高かったAのユーザーも、更新のペースが落ちているのは、単なる不況のせいばかりではなく、新しい魅力的なアプリケーションが欠けていることにも一因がある。

 OSのアップグレードという点でも、Windows 2000からWindows XPへの移行率は必ずしも高いとはいえない。少なくともWindows 3.1からWindows 95へ乗り換えた時のような切迫したものは感じられない。これは基本的にAPIセット(Win32)を継承している以上無理もないことなのだが、古いOSが使われ続けることは、ユーザーにとってのセキュリティ上の問題だけでなく、PC業界にとってビジネス上の大きな問題でもある。

 同じことが2番目の問題にも該当する。インターネットを目的に買われたWindows 98ベースのPCを新しいWindows XPベースのPCに買い換えてもらうのは、決して容易なことではない。インターネットにおいて、Windows 98でできなくてWindows XPならできること、しかもそれが日常的な利用に不可欠なほど重要で、セキュリティのようなマイナスを埋め合わせるものではなく、積極的な買い替えを促すプラス要因の高いもの、となるとなかなか見つからないからだ。ましてや、インターネットの次のキラーアプリケーションなど、まったくといっていいほど見えてこない。

 これはCの人に新規購入を迫る上でも深刻な問題である。ならば、というわけではないのだろうが、知らないうちにPCが入り込んでいた、というまったく別のアプローチも試みられている。PCをベースにしたアプライアンスの製品化だ。Windows Media Center Editionにもそういう側面があると思う。しかし、このアプローチはまだ始まったばかりであるため、価格的な魅力、製品の完成度といった点で十分ではない。すでにPCを購入しているユーザー(特にAの層のユーザー)に、PCとの親和性をアピールポイントに何とか買ってもらっているのが実情だ。

●Longhornが担う大きな役割

 こうした状況を打破するという点に関して、Microsoftにかかる期待は大きい。ユーザーが直接触れるソフトウェアを担っているからであり、特にクライアント向けのOS分野においてほぼ独占的な立場にあるからだ。

 買い増し、買い替え、新規購入を問わず、MicrosoftのOSがサポートしない限り、どんなに魅力的な新機能や新アプリケーションも、マスにはならない。Microsoftに求められているのは、これまでのOSでは実現できない、真新しい何かを実現できる新しいOSであり、すべてのユーザーが変わったことを認知できるようなものである。これがどんなに難しいものであるかは、筆者がいちいち説明するまでもないだろうし、当のMicrosoftが一番良く知っていることだろう。

 現在Microsoftがこの困難な役割に対する回答として掲げているのが、「Longhorn」と呼ばれるWindowsの次のメジャーバージョンアップ版だ。LonghornではWinFX(次世代プログラミングモデル)、Avalon(次世代グラフィックスサブシステム)、WinFS(次世代ストレージサブシステム)、Indigo(次世代コミュニケーション技術)など、次世代のオンパレードになることをMicrosoftは予言している。

 これらの多く(すべて?)は、Longhorn上でのみ提供され、既存のOSへのバックポートは行なわれない(少なくともかつてのWin32Sのようなシステマチックな形でのバックポートはない)と考えられている。

 これはある意味において諸刃の剣である。バックポートされない新技術こそ、OSのアップデートやPCの買い替えを促し、これまでPCの購入をためらってきたユーザーにPCを買わせるような画期的なアプリケーションを生み出す原動力となり得る。が、新しいOSにしか採用されない技術は、投入時においてインストールベースがゼロであるということでもある。

 たとえばWin32で書かれたアプリケーションなら既存OSのユーザーにも、上位互換性を持つLonghornのユーザーにも使ってもらえるが、WinFXで書いたアプリケーションはインストールベースゼロのLonghornでしか動かないのだ。自社の社運をかけたアプリケーションの開発を、このようなプラットフォームに向けに進めることは、無謀なまでの勇気を必要とする。

 かつてDOSからWindows 3.xへの移行において、多くのISVがWindows 3.xへの移行をためらったことで、結果的にMicrosoftの大躍進を招くこととなった。しかし、この時はすでにWin16 APIを用いたプラットフォームとしてWindows 2.xが存在していたし、アプリケーション分野においてMicrosoftが追いかける立場であった、という点で現在とは状況が異なる。市場規模が当時とは比べ物にならないほど大きくなったことも、冒険を難しくするハズだ。

 それでもMicrosoftのことだから、Office FX(WinFXによるOffice)の準備はしていることはまず間違いない。が、それがどれくらい画期的なものなのかは全く見えていない。データやマクロの互換性についても、買い替えを促すには互換性を放棄した方が効果が高いが、ユーザーの反発は必至であり、場合によっては新バージョンの存在そのものを否定されかねないほどのリスクを負う。その一方で、上位互換(レガシー)を積み重ねて肥大したソフトウェアは、もはや脆弱性のコントロールさえ難しくなっていることも事実なのだ。

 果たしてLonghornは、こうしたニッチもサッチもいかなくなっている閉塞した状況を打開する切り札となり得るのか。Longhornを議論する前に、そもそもMicrosoftに、この困難な状況を打開する本気の気構えがあるのか。それを今回のWinHECだけで判断することができるのかどうかは分からないが、筆者が最も注目しているポイントである。

 また、その前哨戦として、64bit版Windowsの動向も気になるところだ。64bit版のWindowsは、新しいデバイスドライバ、新しく書かれたアプリケーションを必要とする(既存のAPIセットを継承しない新しいAPIセットをサポートする)、という点において既存のOSと著しく異なる(もちろんWOW64によりWin32 API対応のアプリケーションもサポートするが、真価を発揮するのがどちらかは言うまでもない)。これをキチンとした形で完成させ、普及させることができるのか。Microsoftの力が試されようとしている。

□WinHECのホームページ(英文)
http://www.microsoft.com/whdc/

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(2004年5月5日)

[Text by 元麻布春男]


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