元麻布春男の週刊PCホットライン

Yamhillについてのもう一つの予想



●IDF Springが来週開幕

 来週、2月17日から19日の3日間、Intel Developer Forum(IDF)が米国San Franciscoで開催される。

 前回から3日間に短縮されたIDFだが、今回は新しい試みとしてSystems ConferenceとSolutions Conferenceの同時並行開催となる。Systems ConferenceはこれまでのIDF同様ハードウェアにフォーカスしたもの、Solutions Conferenceは企業向けののITソリューションにフォーカスしたものになるとされており、ソフトウェアの比重、さらにはIntel社外のスピーカーが半数を占めることになるようだ。Solutions ConferenceはIntelにとって新たな試みだが、これがイベントとして定着するかどうかは、今回のIDFしだいといったところだろう。

 今回のIDFで気になっていたのは、昨年12月に発表されたICG(Intel Communications Group)によるWCCG(Wireless Communications and Computing Group)の吸収と、それに伴うRom Smith担当副社長の事実上の解任の影響だ。この時点でSmith副社長は2日目のキーノートスピーチが予定されていたが、どう考えても影響がないとは思えなかった。結局キーノートスピーチの構成は、当初は初日を予定していたDesktop Platforms GroupのWilliam Siu副社長が2日目にスライドすることで調整された。予定通り初日にスピーチする、同じくDesktop Platforms GroupのLouis Burns副社長がデジタルホームにフォーカスし、Siu副社長はビジネスクライアントにフォーカスする、といった切り分けになるようだ(後述のMobile Platforms Group同様、Burns、Siu両副社長は、Desktop Platforms Groupの共同事業部長である)。

 一方、Smith副社長と共同でモバイルコンピューティングにフォーカスしたスピーチを行なう予定だった Anand Chandrasekher副社長は、一人でモバイル向けのスピーチを行なうこととなり、本来なら担当外のハンドセットやPDA向けプロセッサ(XScale)も受け持つことになったらしい。Chandrasekher副社長は同じくMobile Platforms GroupのDavid Perlmutter副社長と共に1月21日付でIntel Corporationの副社長に昇格したばかり(それまではGroupの副社長)。これは2003年にスタートしたCentrinoモバイルテクノロジの戦略は成功であったとIntelが判断した、何よりの証拠だろう。このあたり、Intelという会社は非常に分かりやすい会社である。


●今回期待のトピック

 さて今回のIDF(IDF Spring 2004)で予想されるトピック(Intelの用語ではteaser)を列挙してみよう。

・次世代NORフラッシュメモリ技術
・Intelおよび大手オーディオ会社によるIntel High Definition Audio(開発コード名Azalia)に関する発表
・PDAならびに携帯電話向けの新しいリファレンスプラットフォームの発表
・ワイヤレスUSBを含むIntelのUWBアーキテクチャの公表と、ワイヤレスUSBに関する推進団体の設立
・90nmプロセスを用いた通信分野向け製品のプレビュー
・PCI Expressに関する2004年のロードマップ
・デュアルプロセッサのサーバ/ワークステーション向けEnhanced Intel Xeonプロセッサ

 PDA/携帯電話向けの新しいリファレンスプラットフォームは、おそらく昨年秋に開かれた前回のIDFで発表されたBulverde(次世代XScaleプロセッサのコード名)を用いたものだろう。前回のIDFではシステム開発を行なうためのプラットフォームが公開されたが、どうやら今回は製品を想定したプラットフォームを見せてくれるらしい。ひょっとするとPXAで始まる製品名も発表されるのかもしれない。公開されているセッションリストにも、PalmOSやWindows CEの名前が見えるが、プラットフォームの完成度がどの程度であるかによって、製品化の時期がうかがえるハズだ。

 UWB技術をベースにしたワイヤレスUSBについては、当初から予定されていたこと。それを推進するための業界団体を結成するというのは、以前にこのコラムでも触れたように、既成事実を積み重ね、IEEEでの標準化を促進する、という路線に基づくものだろう。見切り発車による製品化(そうせざるを得ない状況になってしまったわけだが)は、少なくとも米国に関しては意外と早いかもしれない。

●Yamhillについてのもう一つの予想

 さて、上のリストで最も注目されるのがデュアルプロセッサのサーバ/ワークステーション向けEnhanced Intel Xeonプロセッサというものだろう。デュアルプロセッサ対応ということで、これがNoconaを指すものであることはまず間違いない。問題は何が「Enhanced」なのか、ということだ。Noconaは発売されたばかりのPrescottと同じ90nmプロセスにより製造されるプロセッサだから、SSE3命令が追加されL1キャッシュとL2キャッシュが増量されていることは間違いない。だが、おそらくこれらの機能は「Enhanced」が示す機能拡張ではない。もしそうならば、PrescottコアのPentium 4はEnhanced Pentium 4プロセッサ、とでも呼ばれなければならないからだ。

 順当に考えると、このEnhancedに相当する機能は、これまでYamhill(ヤムヒル)というコード名で知られてきた技術だと思われる。Yamhillについては64bit拡張だと言われているし、一部ではAMDのAMD64互換なのではないかとさえ言われている。おそらくその根拠は、Microsoftが64bit拡張を持ったx86互換プロセッサの仕様を1種類しかサポートしないと述べた、と言われていることだろう。確かに、SIMD命令が導入された時、各プロセッサベンダがバラバラにインプリメントする動きを見せた際、Microsoftは互換プロセッサベンダは仕様を統一するようクギを指したことがある。今回、同じようなことを述べても不思議ではない。

 だがIntelが、仮にMicrosoftに要請されたにしても、AMDの後追いで互換にするとは、筆者にはどうしても考えられない。基本的にIntelは自前主義である。プロセッサはもちろんのこと、チップセットやマザーボードまで自社で製品化している。これを独占欲の表れと見ることもできるだろうし、Intelなりの責任の取り方(ユーザーに対してなのか、株主に対してなのかは別として)だと見ることもできるだろうが、いずれにせよ自前主義であることは間違いない。マザーボードまで自分で供給しなければ気のすまないIntelが、他社のアーキテクチャを事業の中核であるIAプロセッサに採用するハズがない。

 ARMからライセンスを受けたXScaleでさえ、独自の拡張を施さなければ気がすまないのがIntelである。もしAMDのアーキテクチャを採用するなどと言い出すエグゼクティブがいたら、気でも狂ったのか、と言われるのがオチだろう。

 Intelが他社の技術を採用するのは、枝葉末節の部分でなければ、まだその技術が標準化段階で最終規格に自社のIP(知的財産権)を盛り込む余地が残されているか、採用する技術を保有する会社を丸ごと買収できる場合のいずれかだと筆者は考えている。AMD64の場合、このいずれもに該当しない。技術的(経済的)にはAMDを買収することは不可能ではないかもしれないが、独占禁止法的に不可能だろう。

 ひょっとするとAMDは、AMD64アーキテクチャをIntelが採用することを望んでいたかもしれない。そもそもAMDの市場シェアは20%前後で、短期的な目標でさえ25%である。さらにAMDは少なくとも2005年後半まで32bitプロセッサの更新を続けると明らかにしていることを考え合わせると、この最大25%のしかるべき割合を32bitプロセッサが占めることとなり、AMD64アーキテクチャの割合はさらに減少する。加えて、AMD64アーキテクチャのプロセッサであっても、実際には32bit OSで使われるケースはかなり多いだろう。おそらく、AMD64アーキテクチャに対応したWindows、「Windows XP 64-Bit Edition for 64-Bit Extended Systems」が使われるであろうプラットフォームは、当面市場全体の10%にも満たないだろう。しかもこれは販売シェアであり、累計販売数をベースにしたインストールベースとなると、2003年に売り出されたAMD64アーキテクチャはさらに不利になる。

 そもそも基本ソフトウェアの更新には非常に長い時間がかかる。Windows NTが主流になるのに要した時間は7年半である。Windows 9xが生き残っていた時代、ドライバサポート、アプリケーションの対応のいずれをとっても、Windows NTの扱いはWindows 9xの次であった。事実上すべてのプロセッサが対応可能なWindows NTであってもなかなか移行が進まず、最後はMicrosoft自身がWindows 9xを止めると明言してようやく移行が果たされた。

 当面、10%程度の販売シェアしか見込めないAMD64向けにアプリケーションやデバイスドライバの蓄積が急速に進むとは考えにくい。IntelがAMD64アーキテクチャを採用し、プラットフォームシェアを高めてくれることは、AMDにとって利益のあることなのである(これもIntelがAMD64を採用しない理由の1つだろうが)。ひょっとしてひょっとするとだが、当初AMDが新しいアーキテクチャをX86-64と呼んでいたのは、Intelの採用を期待してのことだったのかもしれない。アーキテクチャの正式名称がAMD64になった時点で、Intelの採用は100%なくなっていたのではないか、などと考えてみたりもしている。

 では、Yamhillはどういった種類の拡張なのか。Microsoftは前言をひるがえして、Intelがこれから発表する新しい拡張アーキテクチャをサポートすることにしたのだろうか。そんなことをしたら、64bitプラットフォームは3つに分裂してしまう(残る1つはもちろんIA-64である)。これをMicrosoftが認めるとは思えない。

 あくまでも筆者の推測だが、Yamhillは通常考えられている意味での32bitプロセッサのままなのだと思う。実はIA-32プロセッサにはすでにアドレス空間の拡張技術がインプリメントされている。Pentium Proの時代に導入されたPAE(Physical Address Extension)、Pentium IIIで導入されたPSE-36(Page Size Extension)などだ。ただし、これらの拡張はほとんど使われていない。その最大の理由は、こうした拡張があることさえ満足に知られていない、ということのようだが、対応OSがWindows Serverに限られること、Windows Serverでさえデフォルトでは無効にされていることも大きな要因だろう。なぜせっかくの拡張が初期設定で無効にされているのか。それはこれらの機能を利用するとメモリアクセスにオーバーヘッドが生じるからだ。しかもそれは4GBを超えるメモリ空間を利用する対応アプリケーションだけでなく、既存のアプリケーションも影響を受ける。

 筆者が考えるYamhillは、PAEやPSE-36と互換性を持つ新しいアドレス空間拡張技術だ。オーバーヘッドをなくすことは不可能だろうが、低減には配慮する。VanderpoolやLaGrandeを考えると、何らかの形で仮想化技術を用いたものかもしれない。加えて、コンパイラに一工夫あるだろう。これで、当初はWindows Serverのインストール時に対応プロセッサを認識した場合、デフォルトでアドレス空間拡張を有効にするような形を目指す。

 この方式の欠点は、目新しさにイマイチ欠け、64bitプロセッサと名乗ることがおこがましいことである(だからこそEnhanced Intel Xeonプロセッサであり、64bitにふさわしい新しい名前では呼ばれない)。逆に最大のメリットは、64bitプロセッサが64bitプロセッサとして動作するために不可欠な64bit版Windowsをアテにしないで済むことだ。現時点で64bit版のWindowsは、上述したAMD64に対応したWindows XP 64-Bit Edition for 64-Bit Extended Systemsと、IA-64に対応したWindows XP 64-Bit Editionの2通りがある。後者は一応、製品として販売されていることになっているが、ライセンス形態がボリュームライセンスのみと、極めて変則的な形になっている。しかも、基本的にパワーマネージメントなし、Windows Media Technologyのサポートなし、という代物だ。要するに普通のパッケージ商品としては販売できないものなのである。

 AMD64版は、当然まだリリースされていないが、つい先日MicrosoftのWebサイトからトライアル版が無償ダウンロード可能になった。ところが、これは昨年9月のAthlon 64の発表時にプレス向けに配布されたものと同じビルド(Build 1069)のもの。同じものはすでにMSDNでもダウンロードできた。このビルドにはほとんどデバイスドライバ類が入っておらず、「使えない」代物である。今頃、こんなものを出されても困るのだが、どれくらいダウンロードがあるかで、市場性を見極めようというつもりなのかもしれない。いずれにせよ、失われた10年とまではいかないが、失われた半年というわけで、まだスタートさえ切れていないのが64bit版Windowsの実態である。

 筆者の想像するYamhillのポイントは、IA-32に対応した既存のWindows XPとそれに対応したデバイスドライバがそのまま使えることだ(そのためにPAE/PSE-36互換が必要となる)。もちろん、アドレス空間の拡張を使おうと思ったら、プログラムを書き換えなければならないが、それは他の64bit版Windowsでも同じこと。書き換えの手間はコンパイラやライブラリの助けで軽減できる。性能のスケーラビリティということでは、最初から64bitを前提に設計されたIA-64や、64bit拡張をほどこしたAMD64より劣るだろうが、おそらく5年もしないうちにNetBurstマイクロアーキテクチャそのものが陳腐化する。本格的な拡張、あるいは新たな64bitアーキテクチャの採用は、その時に考えても遅くない。過去の事例からいって、アプリケーションやデバイスドライバまで含めた基本ソフトウェアの更新には5年以上かかるのが通例であるからだ。ならば、Yamhillは即効性のあるもの、既存のソフトウェアでそのまま利用可能なものでなければならない、と筆者は考える。

 いずれにしても、Yamhillがどのようなものなのかは、IDFの初日(2月17日)、Craig Barrett CEOのキーノートスピーチで明らかになるだろう。この予想の寿命もわずか数日。はずれたら、さえないジョークとして笑っていただきたい。

□Intelのホームページ(英文)
http://www.intel.com/
□IDFのホームページ(英文)
http://www.intel.com/idf/us/spr2004/index.htm
□関連記事
【2003年12月18日】Intelの通信事業統合と人事
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/1218/hot294.htm

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(2004年2月13日)

[Text by 元麻布春男]


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