大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

最も出荷量が多い国内PCメーカー、富士通
~Dell対抗の戦略的価格キャンペーンを開始か?


 いま、最もPCの出荷量が多い国内メーカーを知っているだろうか。バイオを擁するソニー? それともかつてPC-9800シリーズで圧倒的シェアを誇り、ガリバーの名をほしいままにしたNEC? いずれも違う。

 例えば、NECが発表した今年度のPC出荷計画は275万台。欧米市場からの撤退が響いて、いまや国内市場だけに特化している同社は、世界最大出荷台数を誇るDellの2,530万台、2位のHewlett-Packard(HP)の2,423万台(いずれも米IDC調べ)の約1/10程度の規模だ。

 ソニーにしても、今年度の出荷計画は310万台。米国市場向けの販売数量が拡大しているが、それでもNECとの差はわずかという程度に留まっている。

 そんな中、健闘しているのが東芝である。国内のPCメーカーには珍しく、日米欧のそれぞれの地域で高いシェアを誇る同社のPC事業は、全世界での年間出荷計画は460万台に達し、ノートPCでは全世界ナンバーワンのシェアを誇る。IDCの調べでは、494万台で世界第5位。2.9%のシェアを誇り、ソニーの310万台、NECの275万台を遙かに凌いでいる。

 だが、これを上回るメーカーがある。それが富士通だ。

 IDCの調査では、2003年の出荷台数は637万台で、シェアは3.8%。全世界では、Dell、HP、IBMに次いで第4位。日本のメーカーとしては最上位にある。米国ではやや苦戦しているが、Siemensから引き継いだ欧州での事業展開が功を奏しており、これが出荷台数の上乗せに大きく貢献している。「チームFMV」と呼ばれる取り組みによって、世界各国の部品調達を一元化するなど、量産効果を発揮するための施策にも余念がない。

●価格競争を避けてきた富士通

 富士通は、PC事業においては、ここ数年むやみな価格戦略は避けてきた傾向がある。

 Dellが積極的な価格攻勢をかけてきても、競合他社のようにそれに追随する姿勢は強く見せてこなかった。

 それは、「Dellのやり方がすべてというわけではない。それぞれの立場で強みを発揮できるものがあるはず」と富士通の黒川博昭社長が語るように、富士通は独自ともいえる路線を強く打ち出せるとの強みがあったからだ。

 例えば、ノートPCの生産拠点である島根富士通は、単なるアセンブリ工場ではなく、基板の生産なども手がける源泉からの一貫生産工場である。この手法を用いているのは国内では富士通と松下電器産業だけだ。

 そして、黒川社長が「富士通において、最もSCM(Supply Chain Management)が進展しているのはPC事業」と語るように、島根富士通を基点としたSCMによる成果は同社製品のコストダウンなどにも大きく影響している。

 NECがPC事業において1%の営業利益率確保を目指しているのに対し、最低でも2%、いいときには5%の営業利益率を確保できる体質に改善できたのも、このSCMがうまく稼働していることにほかならない。約9%のDellには届かないとはいえ、PCメーカーとしては立派な数字だ。

 また部品の調達に関しても、台湾などのベンダーに、富士通の社員が多いところでは週に1回直接出向いて、品質などの精査を行なうという、地道な取り組みも同社ならではだろう。これも、間接的にコスト削減へとつながる活動のひとつだといえる。

 だが、ここにきて、富士通は少しやり方を変える必要に迫られているのかもしれない。

●価格戦略にも打って出る

 関係者などの発言によると、29日に発表される予定の2003年度第3四半期決算の中で、今年度のPC年間出荷計画が下方修正される公算が強い。第3四半期に、DellやHPの価格攻勢の影響を受け、当初の計画を割り込んだのがその要因のようだ。

 同じく海外市場でDell、HPによる低価格攻勢という荒波を受けている東芝は、抜本的な体質改善を迫られ、1月1日から社内カンパニーとして分立独立し、PC事業のリストラを加速する考えを示している。

 今回見込まれる富士通の下方修正は、東芝ほど大きな影響を受けてはいないものの、今後の同社の戦略を一部見直す必要には迫られているようだ。そして、その動きが早くも明らかになりそうである。

 すでに、ウェブなどで展開している企業向けPCは、昨年5月に投入した「バリューライン」と呼ばれるシリーズによって、Dellとはそれほど遜色のない価格帯にまで引き下げてきたが、新聞広告などで展開されているキャンペーン戦略では、大きな価格差が開いていた。Dellの価格戦略の魅力は、やはりキャンペーンで提示される戦略的な価格。これがDellの安さをアピールする象徴ともいえたが、富士通はこのキャンペーン戦略には、これまで追随してこなかった。

 だが、来週半ばには、戦略的な価格設定を打ち出した新聞広告を掲載し、一気に価格戦略に打って出る腹づもりのようだ。場合によってはデスクトップで5万円台という戦略的製品が用意されるかもしれない。

 同社では、「低価格戦略に完全シフトするものではない。むしろ、実験的要素が強い」と語るが、この「実験」が成功すれば、富士通の低価格戦略が加速するのは間違いないだろう。

●デジタル家電戦略にも踏み出す

 企業向けの低価格戦略とは別に、富士通にとっては、もうひとつ悩みどころがある。それは、今後のコンシューマ戦略だ。

 コンシューマ市場においては、今後、数年でのデジタル放送の浸透とともに、PCの形態が少しずつ変化すると見られている。いわば、家電メーカーとPCメーカーとによるリビングの主導権争いへと発展する可能性だ。米国では、DellやHPが、PCセントリック型のデジタル家電製品を相次いで発表し、将来に向けたコンシューマ製品の方向性を明確に打ち出している。

 だが、富士通においては、まだその方向性が明らかになっているとはいえない。富士通のパーソナルビジネス本部長の伊藤公久経営執行役は、「富士通は、他社とは違って、観衆を湧かすようなスタンドプレーが得意ではないから」と冗談ながらに、他社のように派手な形でデジタル家電戦略を明確にしていない理由を話すが、「家電製品を持たない当社にとって、コンシューマ向けPCをどんな形で進化させるかは、今後の大きな課題であることは間違いない」と話す。

 富士通では、1月10日から22型のワイド液晶ディスプレイを搭載したシアタースタイルPC「DESKPOWER T」を投入した。当初は、DESKPOWER Lシリーズを強く意識したデザインも考えられたようだが、フロントローディング式のドライブの内蔵や、ディスプレイの外枠の雰囲気などは、まさにTVを強く意識したデザインを採用。リビングに設置しても見栄えがいいPCとなっている。この製品のキーワードが「見る、録る、残す」ということや、リモコン操作を前提とした「MyMedia」と呼ばれる機能を搭載していることからもデジタル家電の要素を強く盛り込んだ点がわかる。

 だが、これが富士通のデジタル家電戦略の方向性を明確に示したものかというとそうではない。富士通では、「これはリヒングに設置するよりも、パーソナル利用を想定した製品」として、デジタル家電というよりも、個人向けPCの発展系であることを強調する。デザインが狙った意図とマーケティングが狙った意図が異なるように見えるが、いずれにしろ、デジタル家電製品ではないというのが同社の主張だ。

 だが、独自のユーザーインターフェイスを作るなど、富士通がデジタル家電化に向けた一歩を踏み出したのは明らかだ。ここで、富士通ならではの特徴をいかに生かせるかが鍵だろう。

 これまでPC事業は、国内最大規模の出荷数量を誇るという成功を見せたものの、富士通らしさというものがあまり出てこなかった気がした。デジタル家電化の中で、富士通らしさが果たしてアピールできるのか。そして、富士通らしい、デジタル家電戦略とはどんなものであり、それがどんな形で表面化するのだろうか。

 今後の富士通の企業向け価格戦略と、家庭向けのエンターテイメントPC戦略での一手が注目される。

□関連記事
【1月6日】富士通、22型ワイド液晶一体型PC「FMV-DESKPOWER T」
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0106/fujitsu1.htm

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(2004年1月23日)

[Text by 大河原克行]


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