第210回
乗り物インターネットでPDAにもチャンス?
~N+Iで言及できなかったこと



ソニー クリエ PEG-UX50

 今週取り上げるテーマではないが、先週発表されたPEG-UX50は、様々な意味で興味深い製品となった。現在、PDA市場は非常に寒い状況にあるが、その中にあっていまだに週間アクセスランキングでトップを奪う話題性があるのだからたいしたものだ。

 PEG-UX50に関する話題は、自社製のシリコンを使ったこと、もともとオリジナリティの高かったPalmベースの操作環境がよりこなれたものになったこと、ライバル製品にも似たキーボード/手帳スタイル兼用のボディを採用したことなどイロイロあるが、ネットへの接続手段として近年のPDAには不可欠な存在になっていたCFスロットを持たず、代わりに無線LANを内蔵したことも興味深い。

 現在のペースで無線LANが普及すれば、自宅やオフィスはもちろん、都市部の移動における中継点となる場所(駅や大型商業施設など、動線のハブになるところ)のホットスポット化が進むのは時間の問題だろう。移動の中継点ではPCよりもPDAの方が情報デバイスとして使いやすい。また自動的にコンテンツ収集する、あるいは情報を配信するといったアプリケーションが、より使えるものになってくれば、移動中常にネットに繋がっている必要もない(もちろんGSM圏のようにBluetooth対応通信デバイスが豊富に存在すれば、それに超したことはないが)。どのような考えで無線LANを採用したのかなど、PEG-UX50の興味深い点については機会があれば取材したいと考えている。

 さて、今回のテーマは動線のハブでのインターネットアクセスではなく、乗り物におけるインターネットについてである。同じテーマは第207回「公共交通機関からのインターネットアクセス。現状と可能性」でも取り上げたばかりだが、その後に行なわれたNetWorld+Interop 2003 Tokyoでのカンファレンスセッションを終えて、そこでは語り尽くせなかった部分について触れたいと思う。

●業務改善向けシステム構築で本当にペイするのか?

N+Iにおける「乗り物インターネット」カンファレンスの様子

 第207回の時、業務改善システムとしてインターネットを利用することが、エンドユーザー向けサービスにつながると書いた。特に国際線航空機内におけるインターネットアクセスについては、業務改善による効率化だけでなく、利用者側の多くに利用料金支払いの意志があるためビジネスとして成り立てやすい。

 航空機の場合、フライト中は衛星回線を利用せざるを得ないため、1人あたり35ドルを払って利用してもらっても、採算ラインとしてはギリギリ。しかし、積み荷や機体情報などのテレメトリ情報をあらかじめ到着空港に発信しておくことで、荷物を降ろしたり、給油を行なったり、あるいは整備に必要な情報を抜き出したりといった面で、待機時間が短くなり、最終的に収支がプラスとなる。

 不景気な航空業界にあって、果たして本当に必要なものなのか? という問いは日米欧ともにあるようだが、不景気だからこそ必要というのが、航空機インターネットアクセスを提案する側の論理である。

 1時間半以内にどこにでも到着してしまう国内線には導入されないだろうが、8時間以上のフライトとなる主要なビジネス向け路線がインターネット対応になるのは時間の問題。航空機への本格導入時には、機材の軽量化なども求められる(実験に使った機材は乗客5人分程度の重量があったそうだが、それを2~3人分程度にする必要があるだろう)。

 一方、列車については、業務改善への応用や安全性向上のためのシステムとして開発しているものの、実際にコスト削減効果と投資額が見合うかなどの試算は、まだ行なっていないという。ただし、元々顧客向けサービスで料金を徴収することを考えていないため、新幹線などにインターネットアクセスのインフラを導入し、それをユーザーに開放する場合でも料金を徴収することはないだろうとは、JR西日本担当者の個人的な見解だ。料金を徴収することで発生するサポートコストの方が、よほど問題になるからだ。

 ちなみに列車からのインターネットアクセスには、路線に並行して敷設している通信回線が利用される。この回線と列車の間を一定間隔に配置する無線LANアクセスポイントで結ぶことでネットワークに乗り入れる。ただし、回線は路線区分ごとにセグメントが分かれているため、そのままでは同じIPアドレスを持ち越して別セグメントに移動することができない。

 そこでMobileIPを用いて、複数のネットワークセグメントを切れ目無く移動できるようにしているという。現状ではセグメントを跨ぐ際に通信が多少途絶えるため、動画を継続配信するサービスなどを想定した場合、途中で動きがぎこちなくなるものの、同一セッションが切れることなく列車内で継続して通信できることが確認されているそうだ。

 また、トンネル内での通信に関しても、トンネル内の反射を利用して長いトンネル内をカバーする実験に成功しており、問題にはならないとか。ただし、担当者曰く「技術的にはどうにでもなる。将来はサービスすることになるだろうし、自由に利用できるインターネット接続サービスを提供したいとも思う」というが、来年までにどうかと言うと難しいとも話していた。

 その背景には2年前に行なったBluetoothによる情報配信サービスの経験がある。

●路線ごとに特色のあるサービスを

 2年前に行なったBluetoothによる情報配信サービス実験は、電車内に蓄積してある、目的地関連のコンテンツを配信するなどの方法で行なったが、評判はあまり芳しいモノではなかったようだ。それもそのハズで、インターネットへのアクセスはできなかった。

 実験サービス利用者の多くは電子メールの送受信を望んでおり、その上でWebブラウジングや運行情報の参照などが続く。また実験を行った山陽新幹線は観光列車の色が濃く、ビジネス客が少ない。そのような背景もあって、利用者そのものが少なかった。観光色の強い路線では、ビジネスに直結するサービスよりも、新幹線の走行中にも不自由なく携帯電話が使えるようになって欲しい、といったニーズの方がずっと強いのだとか。

 単に“インターネットにアクセス”といっても、東京-大阪間などビジネス中心の路線と地方路線ではユーザー層が異なり、それによって提供すべきサービスを検討しなければならないことになる。ビールでも飲みながら観光地に向かっているお客さんに対して「どうです! 電子メールも見れるし、社内のシステムにVPNで繋がりますよ! しかもタダ! いいでしょ?」と言っても、始まらないというわけだ。

 ビジネス向けの路線では、無料でインターネット接続を何の追加サービスもなく単にアクセスラインとして提供するのが良い(アプリケーションなし、セキュリティ対策はVPN接続など自己責任でEnd to Endのソリューションを利用)と思われるが、ビジネス客の比率が低いところで、どのような利用方法を考えるかが重要だ。

横河電機のマイクロノードの1つ、無線音声ガイド端末

 先日のN+Iのセッションでは時間の都合上、そこまで触れることはできなかったが、事前の打ち合わせでは横河電機のマイクロノード事業担当者から「乗り物でゆっくり眠りたかったり、リラックスして目的地を目指したいといった“空いた時間で仕事をしたり、インターネットコンテンツにアクセスすること”以外のニーズもあるはず」との意見も出ていた。

 マイクロノードとはIPv6対応のネットワークセンサのことだが、体温や脈拍、いびきなどの音響情報などをネットワークで収集することで、空調、照明、サンシェード、あるいは香りなどを制御して快適な空間を提供するといったサービスも考えられる。もちろん、体調異常をある程度検出して車掌に情報としてフィードバックするといったことも技術的には可能だ。いわゆるセンサーコンピューティングの分野である。

 あるいは音楽やビデオなどのコンテンツをネットワーク経由で提供し、それをプロファイルデータとしてフィードバック。広告や目的地でのサービスのオファーを行なうといった話も出ていた。

●都会人が最も費やしているのは?

 もっとも国内出張を年中繰り返している人は、ごく一部だけとも言える。ほとんどの会社員にとって、もっとも無駄に費やしているのは通勤時間であろう。通勤時間の手持ちぶさたな時間に、いかにお金を使ってもらうかは、今も昔もそれなりに大きな産業として形成されているように思う。

 数年前までならば、雑誌や新聞、単行本などを読む人たちが多かったが、今では少数派になりつつある。代わって増えているのが、携帯電話でメールの送受信をしたり、コンテンツにアクセスしたり、ゲームで遊んでいる人々。しかも学生はもちろん、中年のおじさんに至るまで、幅広い人たちが携帯電話とにらめっこしているのが、ごく当たり前の風景になっている。

 しかし、ここに単純にインターネットアクセスのインフラを持ってきて、それだけで良いのだろうか? 満員電車でノートPCを開くことは難しいだろう。片手で手軽に操作できる携帯電話がいいという人の方が多数派に違いない。せいぜいPDAユーザーが喜ぶぐらいだろうか?

 もちろん都心から離れるほど人は少なくなり、通勤経路のうちある程度の部分はノートPCを広げることも可能だろう。しかし、ふつうの在来線でノートPCに向かって仕事をする人のためだけに、インターネットアクセスのインフラを構築するというのも、少々無理がある(僕自身は電車が空いているとき、原稿の締め切りが近いと致し方なくPCを使うこともあるが)。

 となると、せいぜい駅で停車している間にコンテンツダウンロードやメール送受信などを行い、移動中はオフラインで使うといった使い方の方が効率的かもしれない。あるいは、在来線の中で使うのに適した端末のカタチというのも考えなければならないかも。

 えっ? それは携帯電話だろうって?

 携帯電話はかってのPDAの領域を既に侵しつつある。圧倒的多数は携帯電話で十分と考えるかもしれない。しかし、PDAも同じ場所に留まっているわけではない。今のところは携帯電話が通勤客の余剰時間を奪っているが、インフラとビジネスモデル次第では別のフォームファクタにもチャンスはあるように思う。

□関連記事
【7月1日】【本田】公共交通機関からのインターネットアクセス。現状と可能性
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0701/mobile207.htm
【7月17日】ソニー、自社製CPUを搭載したクリエPEG-UX50
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0717/sony2.htm

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(2003年7月23日)

[Text by 本田雅一]


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