●AMDにとって悲願のサーバー&ワークステーション市場 AMDは初代Athlon(K7)の時からサーバー&ワークステーション市場を狙っていた。'99年夏のAthlon発表時には、サーバー&ワークステーション用に大容量キャッシュSRAMをパッケージに収めた「Athlon Ultra」の計画を明かした。しかし、これは結局製品化されなかった。 次の試みは「Mustang(ムスタング)」で、これは0.18ミクロン版Athlon(Thunderbird:サンダーバード)ベースの大容量(2MB L2キャッシュ)版だった。しかし、Mustangも、ペンディングのまま終わってしまった。ようやく、サーバー市場に足がかりを掴んだのは、Athlon MPからで、それもローエンドのデュアルプロセッサ市場のみだった。 こうしてみると、AMDにとってサーバー&ワークステーション市場への本格進出は、悲願だったことがわかる。そして、ついにAMDは「Opteron(SledgeHammer:スレッジハマー、コードネーム)」でそれを果たした。 ここでちょっと整理しておくと、AMDは今日のOpteron発表に合わせて、今までコードネームで呼ばれていたCPUやテクノロジに、正式名称を付けた。まず、従来「Hammer(ハマー)」ファミリと呼ばれていたK8世代CPUプラットフォームは「AMD64プラットフォーム」になった。また、AMD独自のx86命令セットの64bit拡張アーキテクチャ「x86-64」は「AMD64 ISA」になった。記事中では、コードネームと正式名称の両方を使うことがあるが、同じものを指している。 ●AMDがサーバー&ワークステーションを狙う理由 まず、AMDがなぜサーバー&ワークステーションに力を入れるのか。 そこには、AMD全体の戦略と、現在のAMDの開発陣の指向性の2つの理由が絡んでいる。 まずAMDの戦略は、どちらかというと防衛目的だ。つまり、AMDがパソコンCPU市場で戦い続けるために、サーバー&ワークステーション市場を狙うことが必須なのだ。その理由は、Intelが高価格のXeonを売って稼いだマージンで、より収益性の低いパソコンCPUでの価格攻勢や、膨大な研究開発のコストの一部を支えているからだ。つまり、Intelがパソコン市場でAMDを追い込めるのは、サーバー&ワークステーション市場で成功しているからだとも言える。 Intelのこの収益構造を崩すには、AMDがサーバー&ワークステーション市場でも価格圧力をかける他にない。だから、Opteronで「サーバーマーケットにも競争原理を持ち込む」(AMD、吉沢俊介取締役)という戦略に出たわけだ。AMDとしては、Opteronが市場で短期間に大成功を納めなくても、ある程度の圧力をかけ、Xeonを牽制できれば、第1段階としては成功だろう。 Hammer開発チームの指向性も明瞭だ。Athlon(K7)とHammerの2世代のCPUアーキテクチャの開発チームは、もともと旧DECでAlphaプロセッサやVAXを開発したアーキテキトたちが中心となっている。つまり、サーバー&ワークステーションをターゲットに、ハイエンドCPUを作ってきた人材が主軸となっているのだ。だから、彼らがAthlonで成功したあとは、さらにスケーラブルにサーバー&ワークステーション市場もカバーできるCPUへと向かうのは自然の流れなのだ。実際、DRAMコントローラを搭載し、CPU同士を高速バスで接続するというHammerアーキテクチャは、Alphaの流れとそっくりだ。 ●Intelの泣き所を突いたOpteron戦略 では、AMDはこの戦略で勝算があるのか。まず、純粋に戦略として見るなら、悪くない。なぜかというと、今回は、Intelの弱点・間隙をうまく突いているからだ。 Intelは32bitアーキテクチャのIA-32系CPUには先がないと考え、64bitではIA-64アーキテクチャを開発した。しかし、VLIW技術を採用したIA-64 CPUは、IA-32ソフトを高速に走らせることができず、ソフトウェアの移植のハードルも高い。そのため、立ち上げに時間がかかっている。つまり、64bitソリューションの提供が遅れている。 一方、IA-64が登場すれば消える運命だったIA-32系のサーバー&ワークステーション用CPU XeonラインがいまだIntelの主力サーバーCPUだ。しかし、Xeonは32bitのメモリ空間の壁に阻まれていて、(PAEでメモリアドレス空間を拡大しても)アプリケーションが容易に3GB以上のメモリを利用できない。 そのため、Intelのラインナップには、x86と高い互換性を持ち、移行が容易で、廉価な64bitソリューションがない。それに対して、AMDのAMD64 ISAは、x86と親和性が高く、既存のx86コードもシームレスに高速に実行でき、移行が容易だ。AMDは、Opteronで、Intelのこの弱点を狙う。 実際、Opteronの価格設定は、そうしたAMDの戦略を反映していて面白い。Opteronのモデルナンバーと価格は以下の通り ・244(1.8GHz) $794 99,250円 これをIntelのXeon DPラインで同等価格品と並べてみると次のようになる。 ・244(1.8GHz) AMDが自社製品がライバルのどの製品に対峙すると考えているのか明瞭にわかる。現在の予測では、AMDはAthlon 64を2GHzでモデルナンバー3400+~3500+、1.8GHzで3200+、1.6GHzで3000+程度で投入すると思われる。デュアル版のOpteron 2xxシリーズもほぼそれに沿った設定になっていることがわかる。つまり、240の価格が非常に安いのは、Intelの対抗CPUの価格が安いからだ。 こうして見ると、AMDはOpteronを完全に32bitのXeonと同じ価格レベルで投入しようとしていることがわかる。64bitの分の価格プレミアはつけない。「64bitはタダ」(AMD、吉沢氏)戦略だ。Xeon DPの価格で64bitソリューションを提供することで、Intelの間隙にくさびを打ち込む。32bit CPUとして利用する場合でも、価格で競争できるというわけだ。 もちろん、IntelがXeonラインにIA-32の64bit拡張とウワサされる「Yamhill(ヤムヒル)」を、次の「Nocona(ノコナ)」かその次の「Jayhawk(ジェイホーク)」あたりでオンして、対抗する可能性はある。しかし、それは膨大な開発費をかけたIA-64の死亡宣言になりかねない。だから、Intelとしては、IA-64が市場に十分浸透できるまでは、Yamhillをオンにできないという制約を抱えている。 ●Opteronで最初に狙うのはAlphaの占めていたHPC市場 もっとも、AMDも一夜にして状況が変わり、AMD CPUがサーバー&ワークステーション市場に浸透するという幻想は抱いていない。コンサバティブな企業顧客にサーバー用として売り込むには、かなり時間がかかる。そこで、AMDはOpteronで面白い戦略を採り始めた。それは、「HPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)」市場へのフォーカスだ。 HPC市場は、大学や研究所などの科学技術演算中心のユーザーの市場。この市場のユーザーの多くは、現在、デュアルプロセッサクラスのサーバーを何台もクラスタ構成で結合し、大規模な科学技術演算を行なわせている。 彼らは、企業ユーザーと異なりCPUブランドをあまり気にしない。純粋に演算能力の高いCPUを求めており、また従来からRISC系64bit CPUを使っていて、大容量の物理&論理メモリ空間を扱いやすい64bit CPUを求めている。ユーザーは、プログラムは自分で組むことが多いため、AMD独自の64bit拡張アーキテクチャ「x86-64」も利用してもらえる。つまり、廉価な64bit CPUであるOpteronにとってはうってつけの顧客なわけだ。 今回、Opteronの立ち上げに当たって、HPCはキーワードのように多くの人の口から出てきた。AMDがHPCをターゲットにすると言うだけではない。IBMを初めビデオメッセージやゲストプレゼンテーションで登場したパートナーたちが、みなHPC分野でのOpteronに期待の声を寄せる。また、日本の発表会では、ベストシステムズのようなHPC分野専門のディストリビュータがパートナーとして壇上に登場した。 そして、面白いのは、HPCの分野でこれまで幅をきかせていたのはAlphaプロセッサだったのだ。Alphaは、将来消えゆく運命にあり、そのユーザーは代替となるソリューションを探している。そこへOpteronを押し込もうというわけだ。実際、あるAMD関係者はAlphaユーザーを回っていると証言する。Alphaのアーキテクトが作ったOpteronが、Alphaを受け継ごうとしているわけだ。 もちろん、64bitソリューションは、データベースなどでも絶大な効果を発揮する。論理メモリ空間を大きく採れるため、データベースをメモリ上に展開できるからだ。しかし、Opteronがデータウエアハウスで使われるようになるのは、まだ先の話だ。まずは、狙い易いHPCを先に攻めることになるだろう。 □関連記事 (2003年4月24日) [Reported by 後藤 弘茂(Hiroshige Goto)]
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