第191回
見えてきたIntelプラットフォーム戦略の真意



 先週、Intel主催の開発者向け会議Intel Developers Forum Spring 2003(IDF)が開催されたことは、本サイトの読者ならご存じだろう。IDFに関して注目していた点はいくつかあるが、中でもCentrinoに関してはいくつか確認しなければならないことがあった。それはプロセッサだけでなく、チップセットや無線LANソリューションなどを含めたプラットフォームにCentrinoというブランド名を与え、プロモートしていくことの真意がどこにあるのかだ。

 IntelのCentrino戦略は、ノートPCの携帯性やワイヤレス機能を底上げするだろうが、一方で同じような性能の製品が並ぶことになるかもしれない。初期のCentrinoマシンには、各社性能のバラツキもあるだろうが、将来的には細かなデザイン以外にはさして違いのない製品になっていく可能性がある。

 Centrino戦略は、果たしてユーザーにとって良いものなのか、それとも長期的にメーカーの独自性を奪うものになるのか。完全に予測することはできないが、朧気ながらもその真意が見えてきた。

●Centrino戦略の裏側を少しだけ

 ご存じの通り、コードネームBaniasと呼ばれたモバイル専用プロセッサにはPentium-Mという名前が与えられた。同時にIntelは、携帯性を重視するノートPCにとって重要なハードウェア、ソフトウェアなどの技術をスイートパッケージとして提供。Intelのモバイル技術をまとめて採用したパソコンに「Centrino」という名前を与え、大々的にブランド認知を上げるためのキャンペーンを張る。

 (将来的に追加要素が加わる可能性はあるが)現時点のCentrinoは、プロセッサにPentium-M、チップセットにIntel 855ファミリ、無線LANチップにIntel PRO/Wirelessファミリを用いたシステムにのみ与えられる名称となっている。つまり現状、IEEE 802.11bしかサポートしていないIntelの無線LANチップに代わってAtherosなどのデュアルバンドチップを採用すると、Centrinoの名称を製品に冠することはできないのだ。

 ところがIntelはブランド名としてPentium-Mはあまり前面に出さず、Centrinoのほうばかりを売り込んでいる。おそらく、来月の発表後に流れるだろうテレビCMなどでも、Pentium-Mは隠れ、Centrinoという名称ばかりが目立つようになると思われる。

 おまけにIntelはPentum-M機よりもCentrino機に、Intel Insideキャンペーンの予算をより多く配分する(IDFの展示会でIntelの担当者が明言した)。Intel Insideキャンペーンとは、Intel製プロセッサを採用するシステムにロゴマークを発行してシールを貼り付け、雑誌広告でIntelロゴをあしらったり、テレビCMでIntelロゴを挿入すると、広告予算の一部をIntelが肩代わりするというもの。

 どの程度の割合をIntelが負担するかは細かな規定があり、たとえばテレビCMではIntelのサウンドロゴを最初と最後の2回入れると非常にポイントが高い(たくさん負担してもらえる)ようだ。ちなみに最初と最後の比較では、最初にロゴを流すのが高得点。漏れ伝わる話によれば、最大で50%までIntelが広告費を負担してくれる。

 つまり、Intelのブランドキャンペーンに協力するだけで、本来ある予算の2倍も広告を露出できるのだ。ある大手代理店で昨年までPCメーカーの担当をしていたアカウントエグゼクティブの話によると、PCの低価格化で弱体化しているPCベンダー、あるいは大手メーカーのPC部門は、Intelからの資金注入無しに広告戦略を考えられないほどの状態になっているという。

 少々説明が長くなったが、単なるPentium-M搭載機ではなく、Centrinoマシンを作った方が、PCベンダーにとっては“お得”ということになる。IDF会場で聞いた話は米国での事情なので日本では多少異なる可能性はあるが、CentirinoマシンかPentium-Mマシンかでは、Intel Insideキャンペーンから受けられる広告支援の金額は、数倍から最大で10倍ぐらいの差が出るように設定されているという。

 これはIntelがPentium-Mではなく、Centrinoをブランドとして売り込みたいと考えているからであり、批判する対象になるとは思わない。結局のところ、Centrinoのマーケティング予算をアテにして広告を打つかどうかは、メーカー自身の判断なのだから。

 しかしエンドユーザー側の視点で見ると、ある機種のあるモデルはCentrinoだが、その上位モデルは他社製デュアルバンド無線LANチップを採用しているからCentrinoじゃない、といった状況(実際にそうしたラインナップとなるベンダーもある)は、とても奇異なものに見える。

 Intelに対して批判的な感情を持っている人ならば「そうまでして、自社のチップセットや無線LANを抱き合わせたいのか」と思うかもしれない。そうまで言わなくとも、高らかに崇高な水平分業によるオープンなPCハードウェアの開発プラットフォームとそのメリットを喧伝してきたIntelと同じ会社とは思えない。いったい、その真意はどこにあるのだろうか?

●Intelの考えるPCの“新しい価値”を提供するための戦略

 ここで断っておくが、Pentium-M自身は予想されていた通り、素晴らしい性能を持つモバイルプロセッサである。クロックあたりの性能が高く、動作時の消費電力はより低いクロック周波数のモバイルPentium III-Mと同程度で、無負荷時の消費電力は極小。

 モバイル専用に設計したというだけのことはある素晴らしいプロセッサに仕上がっている。PCをバッテリで駆動する機会の多いユーザーは、Pentium-Mの登場をひとまずは喜ぶべきだと思う。

 これだけ素晴らしい性能ならば、それだけでも携帯型のノートPCに対してより多くの価値を提供することもできそうだ。しかしIntelは、PCを携帯して利用する際の使い勝手や利用価値をより高めなければ、Pentium-Mだけでは市場を拡大できないと考えたようだ。

 モバイルコンピューティングに慣れている人ならば、外出先からのインターネット接続や会社へのVPN接続、バッテリ作業時の使いこなしなどについて、数多くのノウハウを持っているだろうし、省電力プロセッサの価値についても知っているはずだ。しかし、PCを携帯したことのない人たちにとって、それらは常識ではない。

 そこで省電力でハイパフォーマンスなプロセッサだけでなく、ワイヤレスネットワーキングやシステム全体にわたる省電力化、それにネットワーク接続を簡単にするためのユーティリティソフトウェアなど、PCを携帯して活用する手順をより簡単に、より高付加価値なものにしようとした。

 IntelのAnand Chandrasekher氏も以前のインタビューで、これまでデスクトップPCと、移動可能なノートPCの2つのカテゴリに大別されていたPCに、Centrino以降、携帯するノートPCという新しい価値観を定着させていきたいと話していた。

 つまりPentium-Mの特徴を中心に据え、ワイヤレスネットワーキングへのデマンドの高まりを背景に、携帯型PC市場を創出するのがCentrino戦略の役割ということになる。新しいユーゼージのカテゴリ(それは一部のユーザーが、自発的に行なってきたことだが)を、素早く定着させるために、あらかじめPCを携帯することに価値を見いだせるように“仕込み”をしておくのである。

 IntelはCentrino戦略の立ち上げと同時に、世界中でホットスポットの増加を目的としたマーケティングキャンペーンや、ISP間のホットスポットローミングのインフラに関与し、PCを携帯して利用する付加価値を高めていくという。モバイルPCのハードウェア/ソフトウェアだけでなく、市場環境や通信インフラの整備も同時に行なうことで、一気にPCを携帯するカルチャーを定着させることを狙う。

●諸刃の剣となる部分も

 もっとも、Centrino戦略の推進は諸刃の剣でもある。Centrinoロゴプログラムとの関連性に関しては不明だが、IntelはモバイルPCのための技術はワイヤレスだけでなく、様々な方面での技術開発を行なっており、そのうちすべてのモバイルPCが、似たような製品になってしまうと思われるからだ。

 たとえば、Intelは低消費電力の低温ポリシリコン液晶パネル(14.1型XGAでドライバチップ込み3W以下。今後はさらに下げられる可能性もあるとか)についての展示を今回のIDFで行なったり、基調講演では自ら出資する燃料電池ベンダーのPolyFuelのPC向け燃料電池を紹介した。燃料電池に関してはフォームファクタを標準化し、できるだけ早期かつ低価格に燃料電池をPCに搭載することを目指す。

 このほか、IntelはPCのバッテリ持続時間を伸ばすための技術開発を加速するため、昨年の秋にコンソーシアムを立ち上げた。ここには、たとえば低消費電力技術で定評のある松下電器なども参加している。

 これらの技術がIntelの提供するリファレンスプラットフォームに組み込まれるようになってくると、あらゆるPCベンダーが先進的なモバイルPCを開発するための要素技術を得られるようになる。たとえばLet'snoteシリーズは4セルバッテリとは思えないほど、バッテリ持続時間が長いと評判だが、他メーカーも同じようにバッテリ持続時間が延びるようになり、さらにそちらの方が安ければアドバンテージは失われてしまう。

 こうなってくると、真剣に技術開発することがバカバカしくなってくるPCベンダーも出てくるだろう。苦労してノウハウを蓄積しても、同等の技術をリファレンスプラットフォームとして組み込まれたら、投資を回収する前に安価なPCにも採用されてしまう。自社開発とIntelから技術を供与されるのを比較すれば、後者の方が開発コストやリスクの面で遙かに優位なことは言うまでもない。

 そうなってしまうと、特定の技術にフォーカスした技術サプライヤ以外は、PC向けに新しい技術要素を提供しなくなるだろう。PCの多様性は失われ、技術革新をIntelだけに依存しなければならなくなるかもしれない。

 しかも問題はモバイルPCだけには留まらない勢いだ。Centrinoと同様のプラットフォーム戦略は、デスクトップPCでも行なわれるとの噂が絶えない。当初、この話はPrescottを前提にしたものだと思っていたのだが、IDFでの情報をつなぎ合わせると、Tejasとその対応チップセットで実現する予定のLa GrandeテクノロジとPCI Expressの採用機に対して行なうプランのようだ。

 セキュアで厳密な著作権管理が可能で、モジュール型の機能拡張ができる“新しい”PCプラットフォームとするため、Intelの考える正しい未来型PCをブランディング、市場に定着させようというわけだ。

 こうなってくると、我々エンドユーザーはどこの製品を購入しているのか、サッパリわからなくなってしまいそうだ。極端な話、PCベンダーはIntel技術を筐体の中に入れて販売するフランチャイズチェーンのようになってしまうかもしれない。Intelにしてみれば、Intelの技術を数多く販売してくれれば、それがどんなPCベンダーであっても構わないのだから。

 モバイルPCのポテンシャルを底上げするのは結構な話だ。Intelのプラットフォーム戦略について、すべてがマイナスと言うつもりは全くない。しかし、製品としての多様性まで失われるようだと、道具としてのモバイルPCは今よりずっとつまらないものになってしまう。こんな簡単なことをIntelが理解していないとは思えないが、その動向には今後も注視する必要がある。

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【2月22日】【元麻布】単一指向が強まり、閉塞感が高まるPCプラットフォーム
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2003/0222/hot248.htm

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(2003年2月26日)

[Text by 本田雅一]


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