ThinkPadを見つめ続ける人々

~ XTRAシリーズ担当プロダクトマネージャーに聞く ~

 ThinkPadは、いったいいつから企画が始まり、どのようなプロセスを経て製品となるのか。今回はこのような疑問を氷解すべく、日本IBM PC製品企画&マーケティング事業部 PC製品企画 モービル製品グループのプロダクトマネージャーを務められる後藤史典さん、伊山円理さん、大久保宣江さんにお話しを伺ってきた。(2002年10月25日、日本IBM六本木本社にてインタビュー) [Text by 伊勢雅英]
 
 
各地域の製品企画チームが連携して作業を進める

 ThinkPadに限らず、すべてのIBM製品の開発における全体的な流れは、IPD(Integrated Product Development)と呼ばれる同社独自のプロセスを踏む。

 IPDは、数多くの企画および開発フェーズに細かく分割されているが、とりわけ前段の企画段階は大きく「コンセプト」と「プラン」という2つのフェーズに分類される。企画の作業は、製品によって若干異なるものの、平均すると発売日より1年ないしは1年半ほど前から始まるという。従って、例えば今年10月(日本は11月)に発表されたThinkPad X30ならば、昨年の春から夏にかけて作業が開始された計算になる(具体的な日取りについては社外秘の情報なので、詳しくは聞けなかった)。

 コンセプトのフェーズは、製品企画のファーストステップにあたる。コンセプトという名のとおり、このフェーズでは新しい視点からThinkPadの次世代像を考え、それが本当にビジネスとして成り立つかどうかを検討する作業となる。PCの企画や開発を担当しているワールドワイドの本社機構がアメリカ ノースカロライナ州の州都ラーレーにあり、最初の企画提案はワールドワイドサイドから出てくることが多いが、特に日本市場がメインのモバイル製品などは、企画段階から参加することもあるという。

 ただし、ThinkPadはワールドワイドで共通した仕様となるため、企画提案後のすべての作業は各地域のPC製品企画チームが密に連携しながら進められていく。「ワールドワイドサイドとは、ほぼ毎日コミュニケーションをとっています。その手段もさまざまで、電子メールや電話はもちろんのこと、どちらかが相手方に出張して直接打ち合わせることもありますし、チャットツール(Lotus Same Time)を使うこともあります。特にチャットツールは、ちょっとした連絡をリアルタイムに行なえるので重宝しています(Xシリーズ担当の伊山さん)」。

PC製品企画&マーケティング事業部 PC製品企画 モービル製品グループの伊山円理プロダクトマネージャー。Xシリーズ担当(以下、所属はすべて同じ) 後藤史典プロダクトマネージャー。Tシリーズ担当 大久保宣江プロダクトマネージャー。Rシリーズ担当

製品の企画段階から発売後のサポートまで幅広く関与

 ワールドワイドと日本では、文化の違いなどによってさまざまな障壁が発生するものと予想されるが、これについてRシリーズ担当の大久保さんは次のように話す。「障壁というほどのものはありませんが、あえていえばワールドワイドでは“数字”で置き換えて説明しなければならないことが挙げられるでしょう。例えば、何か新しい機能を追加したい場合には、“日本ではこれくらいのボリュームが出荷されるから、この機能を追加してください”といった感じで要求を出さなければ納得させることはできません。ただし、こうした数字に基づく提案にも優れた面があります。実際の数字を見ながら検討を行なえますので、私たちの提案が本当に意味のあるものなのかどうかを今一度客観的かつ冷静に判断できるからです」。

 コンセプトのフェーズでさまざまな議論を重ね、ビジネスとして十分成り立つという結論に達したら、次にプランのフェーズに入る。プランのフェーズに入った企画は、実際に世の中の製品として登場することをより確実なものにするために、スペック・コスト・出荷までのスケジュール・出荷後のサポート体制など製品に関するあらゆる項目をさらに詳細に煮詰めていく。そして無事プランのフェーズの承認を得た企画は、近い将来に必ず「実物」となってデビューすることを前提に、正式に開発がスタートすることになるのだ。

 PC製品企画チームは、以後のプロセスでもチェックポイントごとに状況を確認し、新たな要求が出たらそれを加えていく。こうして最終的に製品が出来上がるわけだが、PC製品企画チームの仕事は製品発売後にもさらに関与する。「製品が出来上がるまでの企画作業が私たちの本来の仕事なのですが、製品発売後にもサプライの供給や価格、クオリティといったさまざまな方面の相談が飛び込んできます。こうした相談は営業部門から来ることが多いのですが、それを開発製造部門に対して的確に伝える窓口となるのがPC製品企画の役割です。つまり、“ゆりかごから墓場までThinkPadを見つめ続ける”のが私たちの本当の仕事なのです(後藤さん)」。

担当者が語るXTRAシリーズの魅力

 次に、XTRAの各シリーズを担当されるマネージャーから、それぞれのシリーズの特徴とセールスポイントをお聞きした。ちなみに、後藤さんはTシリーズ、伊山さんはXシリーズ、大久保さんはRシリーズを担当されている。Aシリーズは同モービル製品グループ プロダクトマネージャーの吉田朋子さんが現在担当されているが、今回は都合によりインタビューに参加できなかったことから、以前Aシリーズも同時に担当されていた後藤さんが代わりに説明をしてくださった。

ThinkPad A31p

 後藤さんは、まずAシリーズについて次のように述べる。「Aシリーズは、ThinkPadのラインナップの中で唯一オールインワンの製品となります。重量が3.5kgもありますので、他のシリーズのように気軽に持ち運ぶ用途には向いていません。しかし、15型という大きな画面と2基装備されたウルトラベイによって、デスクトップPCの置き換えと考えればトップクラスの省スペースPCとなります。基本的には、いざとなったら持ち運びもできる高性能デスクトップPCの置き換えと考えていただければいいでしょう」。

 Aシリーズには、モバイルワークステーションの別名を持つパフォーマンスモデル(末尾に“p”が付くモデル)が用意されているが、こちらについては次のように説明する。「最上位のパフォーマンスモデルは、グラフィックスチップにMOBILITY FIRE GLを搭載するなど、CADやCAM、CG製作、映像の編集といったワークステーション的な使い方にも十分対応できる処理性能を持っています。そして、ワークステーションでありながら“持ち運べる”ことが最大の武器といえるでしょう。例えば、会社でも自宅でもまったく同じ環境でデザインや映像編集したい方ですとか、取引先のオフィスにThinkPadを持っていき、実際に3Dグラフィックスを見せながらプレゼンテーションを行ないたい方に最適です」。

ThinkPad T30

 次に、A4薄型軽量モデルのTシリーズについて次のように述べる。「Tシリーズは、価格的にはAシリーズと並んで価格が高めなのですが、構成パーツとして業界最先端のものを採用するなど、テクノロジ・リーダシップ的な部分をしっかりと見せていく製品です。もちろん、どのシリーズにもIBMが持つ技術の粋は投入されていますが、とりわけこの部分をアピールしていく必要があるのがTシリーズとなります。ビジネスオペレーション上、特に高性能なノートPCを必要としている方、そして純粋に最先端のパーツを満載したノートPCが欲しいという方に適しています」。

 また、Tシリーズに関連して、ThinkPad T30で初めて搭載された「ウルトラナビ」については次のように説明を続ける。「ウルトラナビは、TrackPointにタッチパッドの機能をただ付け加えるものではなく、両者を組み合わせてまったく新たな使い方をご提供するThinkPadの新しい武器です。これまでTrackPoint一筋でやってきたIBMとしては、ウルトラナビを搭載するまでにさまざまな議論を重ねてきましたが、最終的にウルトラナビが採用されるに至った理由は“単にタッチパッドの機能を付け加えたものではない”というところにあります。ウルトラナビを搭載したThinkPadならば、タッチパッドに慣れている方でもすぐに使い始めることができますし、それと同時にTrackPointにも徐々に慣れていただき、最終的には両方を組み合わせてさらに便利にお使いいただけるわけです」。

ThinkPad X30 ThinkPad R32

 さらに伊山さんは、Xシリーズについて次のように説明する。「Xシリーズは、とにかくノートPCをあちこちに持ち運ぶモバイラーのために開発された製品です。Xシリーズの売りは、小型軽量のモバイルPCながら、メインマシンとしても通用する高い処理性能と優れた使い心地にあります。例えば、最新のThinkPad X30は、高性能なモバイルPentium III 1.2GHzを搭載し、さらに1.65kg前後という軽量を実現しながらも、4時間30分以上という長いバッテリー動作時間を確保しています。また、他のThinkPadと同等にキータッチの心地よさにもこだわっています。見た目は決して派手ではありませんが、実際に手にとって使っていただければ、すぐにその良さを理解していただけるものと信じています」。

 そして最後に、大久保さんがRシリーズについて次のように説明を続ける。「Rシリーズは、最もスタンダードなA4サイズのノートPCです。仕事で使うにも必要十分なスペックとリーズナブルな価格を兼ね備えていますので、デスクトップPCの代替機として大企業(Large Enterprise)で大量導入する場合などに適しています。また、ソフトウェアやデバイスなどの違いにより豊富なバリエーションをご用意していますので、個人事業主もしくは中小企業(Small Business)の方にもおすすめです。Rシリーズはボリュームとしても一番多い製品ですので(筆者注:全世界で見ると4シリーズのうちRシリーズの出荷台数が最も多い)、“できるかぎり多くのお客様に身近に感じていただくThinkPad”となることがRシリーズのミッションといえます」。

ThinkPad開発の裏にあるものは

 今回、インタビューをお願いして驚いたのは、皆様全員が非常にお若かったことだ。堅いイメージのThinkPadからは、職人気質のベテランスタッフを思わず想像してしまう筆者だが、実際にお会いしたらそこには「若い力」がみなぎっていた。しかも、日本IBMでThinkPadの製品企画を担当される4名のうち3名が女性である。

 しかし、こうした組み合わせは単なる偶然なのだという。「私たちは全員、自ら手を挙げてPC製品企画の職務に就くことを志願し、それが認められた社員です。そして、たまたまここに配属された4人のうち3人が女性だったというだけのことなのです。IBM全体で見れば、どのチームも女性が当たり前のように仕事をしています。逆に男性だけという環境が不思議なくらいです。ただし、製品企画のチームに限定しますと、ワールドワイドでは男性が圧倒的に多いので、日本サイドの製品企画に女性が多いくらいでちょうどバランスがとれるのではないでしょうか(後藤さん)」。

 後藤さんのお答えは、能力とやる気がある社員に対しては、年齢や性別などに関係なく希望の職務に就くためのチャンスとバックアップを与えるというIBMの社風をストレートに表現したものといえる。筆者は、このようなIBMの真の姿を知るにつれ、なぜThinkPadが不動の地位を築くことができたのかを少しだけ理解できた気がした。

(2002年11月28日)

[Text by 伊勢雅英]


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