今週、新しい汎用PCのカテゴリとなるTablet PCが正式に発表される。ペンタブレットを用いたPCはこれまでにも存在したが、いずれも特定用途向けの色が濃かった。Tablet PCが異なるのは、特定用途向けだったペンコンピュータに、高精度かつ筆圧検知機能を備えた電磁式デジタイザを装備させ、なおかつ一般のオフィス向けや個人向けなど、幅広い市場に向けて投入する点である。 より大きな規模を見込める市場に投入することでコストを下げ、ペンによる自然なユーザーインターフェイスをテコに、これまでとは異なるユーザー層にまでPCを普及させたいという意図が見える。もちろん、投入当初はバーティカル市場での案件が主となるだろうが、その先にある将来性を見て欲しいというのが、Microsoftの本音ベースでのメッセージだろう。 と、小難しいことを考えていても、未来の話に結論が出るわけではない。現時点ではTablet PCの見通しに関して語ったとしても、あくまで推測にしかならない。幸いなことに我が家には現実の製品として、Tablet PCの試作機が手元にある。Microsoftの言う、キーボードで何でもこなせるPCキーボードマスター(?)以外のユーザーの心に対して、Tablet PCはどのように響くのだろう? そんな興味があって、身の回りの色々な人々にTablet PCを使ってもらった。
●7歳 女児の場合 週末に開いた簡単な宴会に、仕事でいつもお世話になっている某氏が、7歳の娘と一緒にやってきた。大人ばかりの集まりでつまらなそうにしている彼女。そこでTablet PCを手渡してみる。ビジネス向けのTablet PCを子どもに使わせるというのも極端な話かもしれないが、より自然なインターフェイスでユーザー層を広げると言うならば、子どもにとっても優しい製品でなければならない。 すると使い方の説明もままならないほど素早くペンを手に取り、Microsoftジャーナルの画面に筆圧検知機能を有効にした太めのペン設定でトトロの絵を描き始めた。ロクに消しゴム機能やマーカー機能の説明もしていないのに、自分でペン種や色を切り替えながらあっという間に絵が完成していく。 子どもにとってTablet PCは、何に役立つ、どんな時に便利、といった理屈を超えて、ごく当たり前の自然な製品なのかもしれない。タダのジャーナルでも、放っておくだけで遊んでくれるのだから、コンピュータ教育の入り口としては有効なのかもしれない。 「お父さんこれ欲しい」と言う彼女に応えるには、今のTablet PCのプライス設定は少々高すぎるが、それはまた別の視点。 ●32歳 マーケティング担当者の場合 IT系マーケティング担当者の友人(32歳)は、IT系の仕事はしているものの、PCを好きこのんで自分で購入する、というタイプではない。単に仕事の道具として必要だから使っていると公言してはばからない。できることなら、キーボードなんかで報告書を入力したくはないし、メールの返信をする午前中の時間帯は苦痛だと話す。 そんな彼のTablet PCを使っての感想、その第一声は「うーん、自分で買ってもいいかなぁ」という意外なものだった。何しろ彼は、自分の給料をPCにつぎ込んだことなど一度もないのだから。その理由は以下のようなものだ。
具体的にはこんなものだが、彼の話をまとめると、紙のノートを使ってやっていることが、紙よりも便利になるならば、(どっちにしろ会社が買ってくれそうにはないから)自分で買ってもいいか、という話のようだ。そして、彼自身は紙よりも簡単に作業ができそうだと考えている。 ●37歳 出版デザイナー(Macintosh使い)の場合 紙媒体の時代からWeb黎明期、そして現在まで、何かと一緒に仕事をする機会が多いフリーの出版デザイナー。DTPレイアウトやWebデザインが中心だが、図版の発注も数多くこなす。「これ、デザイン系の対応ソフトはないの?」と第一声。漫画描き用のアプリケーションは出るみたいだよ、とは言ったものの、ワコム製ドライバに対応するPhotoshopやPainterなどのソフトは現状、対応予定のスケジュールは出ていない。 「残念だねぇ。ノート型で絵が描けるほど高性能なデジタイザ付きディスプレイを装備した製品ってないし、そもそも携帯型のタブレット付きディスプレイに“PCが付いてくる”って感覚で考えれば、高いとは思わないけど」とは彼の弁。おそらく、そうしたニーズだけで支えられるほど、小さな市場を見込んだ製品ではないと思う。しかし、既存のワコム製ドライバに対応するデザイナー向けアプリケーションが、そのまま動作するような仕組みがあれば、彼らにとっては福音となりそうだ。 ●42歳 会社員男性の場合 ごく普通の、しかしPCとは無縁な会社員の彼は、自由筆記と言われても「なんで、ほとんどタダに近い紙じゃなくて、こっちを使う必要があるんだ」と、使い始める前から拒絶気味。そもそも紙の方が文字や図も書きやすいし、かといって清書するには文字入力操作が煩雑すぎる。「マス目にキッチリ書かないとちゃんと認識しないからいらつく」と終始不機嫌だった。 文字入力をペンですることが目的じゃないんだよと言われても、やっぱりわざわざPCを使うことに対しては納得がいかない。ペンでPCが使えるのは良いとしながらも、「20数万円もの価値がここにあるの?」との結論。 ●有望な面もあるけれど、コストダウンの足がかりとなる市場を作れるかが鍵 このほか、色々な人からTablet PCに触れてみた感想を聞いたが、PC自身にあまり興味を持っていなかった人々からは、おおむね肯定的な意見が聞かれる(逆にPCを積極的に使っている人たちからは、肯定的な意見はあまり聞こえないが)。しかし、それも普通のノートPCよりも値段が高くなることを聞かされるまで。 キーボードに慣れることができなくて、使わずにほったらかしになるよりは安いとの意見もあったが、タブレットの追加によるコストアップは、Tablet PCを考える上で重要なポイントだ。表面への写り込みなどハードウェアとして改善しなければならない部分もあるが、コストアップを抑え込み、価格差以上の価値を提供できるようになれば、タブレット機能の不要論などどこかに消えてしまう。
ただ、そのためには何段階かのステップを踏みながら、普及への目処を立てなければならない。以前にもこのコラムで登場したマイクロソフト株式会社 ニューメディア&デジタルデバイス本部マーケティング部長の御代茂樹氏は「新しい技術、ユーザーインターフェイスが定着するためには、いくつかのステップが必要だ」と話す。 「企業の情報システムの中で仕事をこなしているユーザーの中には、現在のPCの使い勝手にフラストレーションを感じている人が確実に存在している。これは、ユーザー調査の中でも明らかな数字として出ている。企業の中にPCが浸透したと言われるが、実際には与えられたシステムに馴染まないまま仕事を続けている人の方が、馴染んで使いこなしている人よりも遙かに多い」と御代氏。 ただ、そうした現在のPCに馴染めないユーザー層に対して、急角度でTablet PCの認知度を上げられるとも考えていないという。御代氏は国内のTablet PC出荷予測を、初年度25万台、2年目に100万台としており、それほど大きな風呂敷を広げているわけではない。 発売当初はあらかじめタブレット型の需要が見込まれるバーティカル市場が中心になり、その先にある汎用的な使われ方は製品投入後に少しづつ認知を高めなければならないと認識しているからだ。特定業務用のアプリケーションは、すでに多くのベンダーが既存アプリケーションを書き換える形、あるいは新しい機能を追加する形で実装を開始している。 Tablet PCが狙うのは、すでにバーティカル市場として存在している層だけではないが、バーティカル市場を確実に確保した上で、文書のレビューを中心とした、メールの返信数行と簡単な指示、文書校正などを行なうエグゼクティブ向けの製品として営業活動を行なうという。そしてさらに、その分野をきっかけとしてコストダウンや製品の熟成を市場を形成し、ジェネラルなオフィス用途へと広げていく。ここまで来て、なんとかコンシューマ向けにもアピールできる製品へと仕上がるのでは? と御代氏は見込む。 小さいながらも、何らかの普及のきっかけとなる足場を築くことができれば、大方の予想に反してTablet PCはひとつのジャンルを築くことになるかもしれない。個人的にはTablet PCに新しい市場形成の可能性は感じているが、実際に成功するか否かはこの1年で、どこまで市場での認知を得るかにかかっているだろう。間違った認知をされてしまえば、当面の間、タブレット型のPCが再起するのは難しくなる。 子どもやお年寄りもPCに触れ、少しづつでもその可能性や楽しさに触れて欲しいと思う。Tablet PCにはそうした役割を果たす素養があるが、まだ当面の間、気軽に手にするものにはなりそうにないのかもしれない。いや、Microsoftの計画では2年後には普通のPCと同じぐらいに認知されたジャンルになっているはずなのだが……。
□関連記事 (2002年11月6日) [Text by 本田雅一]
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