変り種ThinkPad列伝 [第3回]

~ もっと小さく! もっと軽く!~

 初めてThinkPadの名を冠したThinkPad 700C(国内ではPS/55note C52 486SLCとのダブルブランド)が登場したのは、今からちょうど10年前の'92年10月のことである。ThinkPadというと質実剛健なイメージが強いが、バタフライキーボードの搭載や、プリンタ内蔵マシンなど、一風変わった製品も多数存在する。ここでは、そうした変わり種ThinkPadにスポットを当てていくことにしたい(厳密にいうとThinkPadシリーズではない製品についても、関連が深いものは取り上げる)。
 第3回目は、ThinkPadシリーズや関連製品の中から、携帯性を重視したサブノートPC以下のクラスの製品を紹介していく。これらの製品は登場当時、大きなインパクトを与えた製品であり、本体の製造が中止されてから何年も経った現在でも、熱狂的なファンが存在している。携帯性を重視したユニークな製品を次々と開発してきたことも、ThinkPadがコアなモバイラーに支持されている理由の1つであろう。 [Text by 石井英男]
 
 
ThinkPad 220('93年5月発表) ~A5ファイルサイズ、重さ1kgを実現した元祖サブノートPC

 CPU:i386SL/16MHz
 メモリ:2MB(最大6MB)
 HDD:80MB
 液晶:7.7インチSTNモノクロ16階調(VGA)
 バッテリ駆動時間:単3アルカリ乾電池6本で約1.0~8.0時間
 サイズ:226×166×32mm
 重量:1.0kg(本体のみ、電池含まず)
 搭載OS:IBM DOS J5.0/V
 標準価格:248,000円(2432-SJ8)
ThinkPad 220


 '93年5月に発表されたThinkPad 220は、サブノートPCというジャンルを切りひらいた歴史に残る名機である。ThinkPad 220は、CPUにi386SL/16MHzを搭載し、メモリは標準で2MB(最大6MB)、HDD容量は80MBと、スペックはやや貧弱であったが、A5ファイルサイズ、重さ1kg(本体のみ)という、従来のノートPCの半分以下のサイズと重さを実現したことが最大のウリであり、スペック面での不満を補って余りあるなものであった。ThinkPad 220は、気軽に携帯できるPCが欲しいというヘビーユーザーの声に、はじめて応えることができたマシンなのだ。

 ThinkPad 220は当初、日本IBM初のPC「マルチステーション5550シリーズ」('83年登場)の10周年記念モデルとして、5,550台限定でIBM PCダイレクトからモニター販売(モニター価格は198,000円)された製品だが、モニター販売が好調であり、量産化を希望する声が多かったため、その後量産が開始され、一般のショップで販売されるようになった。

 ThinkPad 220は、軽さと丈夫さを両立させるために、筐体にマグネシウム合金を採用しており、筐体の質感も素晴らしいものであった。キーボード奥の左側に赤いトラック・ボールが、右側にマウスの右ボタン/左ボタンが装備されており、両手で本体を持ったままポインティング操作ができることや、入手性の高い単3アルカリ乾電池6本で動作するようになっていることも、モバイルシーンで利用することを十分考えた結果であろう。液晶パネルとして、半透過型モノクロ液晶(バックライト付き)を採用していたため、周囲が明るい場所ではバックライトを切って、電池を節約することができた。

ThinkPad 230Cs

 なお、標準ではACアダプタまたは単3アルカリ乾電池でしか駆動できないが、ライオス・システムからThinkPad 220用オプションとして販売された「専用ニッカドバッテリチャージャキット」を利用することで、バッテリパックでの駆動や本体での充電が可能になる。

 ThinkPad 220の登場によって、日本でもモバイルコンピューティングという言葉が市民権を得るようになり、NIFTY-Serve(現@nifty)などの大手パソコン通信ネットワークでも、ThinkPad 220の使いこなしに関して活発に意見が交換されていた。

 ThinkPad 220のモニターアンケートの結果は、翌年6月に登場したThinkPad 230Csに活かされている。ThinkPad 230Csは、サイズが一回り大きくなり、重量も1.7kg(バッテリ込み)に増えたが、CPUがi486SX/33MHzに強化され、カラー液晶を搭載するなど、ThinkPad 220の欠点が解消されていた。しかも、ThinkPad 220と同様にアルカリ乾電池で駆動することもでき、より幅広い層からの支持を集めた。真のモバイラーのための道具という、ThinkPad 220のコンセプトは、ThinkPad 235やThinkPad 240、ThinkPad i Series s30などを経て、ThinkPad X30へと受け継がれているのだ。

Palm Top PC110('95年9月発表) ~ウルトラマンPCの愛称で親しまれたA6ファイルサイズの超小型PC

 CPU:i486SX/33MHz
 メモリ:8MB(増設不可)
 HDD:260MB HDDカード+4MB内蔵フラッシュメモリドライブ
 液晶:4.7インチDSTNカラー256色(VGA)
 バッテリ駆動時間:1.3~3.0時間
 サイズ:158×113×33mm
 重量:715g(バッテリー、HDD込み)
 搭載OS:IBM DOS J7.0/V、Windows 3.1(2431-YDW)
 標準価格:オープンプライス(2431-YDW)
Palm Top PC110


 ThinkPad 220の後継としては、'94年6月にThinkPad 230Csが、'95年5月にThinkPad 530CSが発表された。ThinkPad 230CsやThinkPad 530CSは、携帯性と実用性を両立させた名機であったが、本体のサイズや重量がThinkPad 220よりも大きくなってしまっていた。確かに、通常のユーザーにとっては、実用的なサイズの液晶やキーボードを装備したThinkPad 530CSのようなマシンのほうが便利であったが、もっと小さくて軽いマシンが欲しいというマニアの声にも応えるために、日本IBMとライオス・システムがその技術力を結集して作ったマシンが、Palm Top PC110である。

 Palm Top PC110は、文字通り、片手の手のひらで支えられるサイズの超小型PCであり、VGA表示可能なカラー液晶を搭載したPCとして、当時の世界最小・最軽量(バッテリ込みで630g)を実現していた。最近の製品でいえば、ソニーのバイオUが製品コンセプト的には近いが、バイオUのサイズは184.5×139×30.6~46.1mm、重さは約820gなので、Palm Top PC110のほうが、一回り以上小さく軽い(液晶パネルのサイズも、Palm Top PC110は4.7インチであったのに対して、バイオUでは6.4インチとなっている)。

 Palm Top PC110は、極限までの小型化・軽量化を目指して設計された製品であり、ThinkPadシリーズではないものの、そのインパクトは大きかった。発表時に、ウルトラマンを使った広告が行なわれたため、「ウルトラマンPC」という愛称で呼ばれるようになった。

 筐体には、硬くて傷がつきにくい超ジュラルミンが採用されており、ACアダプターも超小型で軽量(125g)であったので、本体と一緒に気軽に持ち運ぶことができた。

 本体のサイズに限りがあるためHDDを内蔵しておらず、内蔵の4MBフラッシュメモリドライブや、オプションのCFカード(Palm Top PC110では、スマート・ピコ・フラッシュと呼んでいた)、PCカードからOSをブートできる仕組みが採用されていた。

 ちなみに、最上位モデルの2431-YDWでは、DOSとWindows 3.1が導入された260MBのHDDカード(Type3 PCカード)が付属していたが、最大メモリ容量が8MBなので(のちに、サードパーティからメモリ増設用キットも登場したが)、Windows 3.1の動作はそれほど快適とはいえなかった。2,400bpsのモデム機能を内蔵しており、「WingJack」と呼ばれる折りたたみ式のモジュラージャックに回線を接続することでデータ通信やファックスの送受信ができるほか、内蔵されている電話用のマイクとスピーカーを利用して、Palm Top PC 110を電話機として利用できるというユニークな機能も装備していた。

WingJack こうすると電話機にもなった

 また、Personawareと名付けられた独自のPIMソフトを内蔵していることも特徴である。ポインティング・ヘッドと呼ばれるボタン状のポインティングデバイスを採用しており、マウスの右ボタン/左ボタンがキーボード奥の左右にそれぞれ装備されていたため、片手でも両手でもポインティング操作ができた。ポインティングデバイスとは別に手書き入力が可能なメモ・パッドも装備していた。また、バッテリとして、ソニーなどのビデオカメラで使われていたリチウムイオンバッテリを採用したことも特徴だ。

 携帯性に優れたPalm Top PC110ならではの周辺機器として挙げられるのが、キヤノンから発売されたPalm Top PC110専用カメラカード「CE300」である。CE300は、PCカードスロットに装着して、Palm Top PC110の液晶画面をファインダー代わりに撮影できるというユニークな製品であった。

 Palm Top PC110は、非常に斬新な製品であったが、価格がやや高めであったことや、2カ月後に登場したWindows 95を動かすにはスペックが低かったこと、手の大きな人にはキーボードでの入力はやりにくいといったことなどが災いして、販売的にはそれほど成功しなかった。

 Palm Top PC110が登場した当時は、今とは違って、ホットスポットサービスはおろか、無線LANも存在せず、ユビキタス・コンピューティングという言葉もほとんど耳にすることのなかった時代である。Palm Top PC110は、いわば時代を先取りしすぎた製品であり、ホットスポットやCFカードタイプのPHSカードなどが普及している現在なら、より多くのユーザーに受け入れられたのではないだろうか。

ChipCard VW-200('96年2月発表) ~より実用的に生まれ変わった2代目ChipCard

 CPU:8bit CPU(EPSON SMC88112)
 メモリ:128KB SRAM+128KB EEPROM
 液晶:200×320ドットSTNモノクロ
 バッテリ駆動時間:1.5カ月(1日5分間、20回使用時)
 サイズ:Type 3 PCカード
 重量:75g
 標準価格:29,800円
ChipCard VW-200


 ChipCardもThinkPadシリーズに属する製品ではないが、積極的に斬新な製品を開発していた当時の日本IBMらしい製品として、ここで取り上げたい。ChipCardは、「CPUと液晶を搭載したプログラミング可能なPCカードという」コンセプトで登場した製品である。

 ChipCardはPCカード型なので、PCカードスロットに挿入するだけでPCとのデータのやりとりができることが、最大の利点である。

 '95年5月に発表された初代ChipCard TC-100は、Type2 PCカードに準拠した製品であり、機能的には非常にシンプルなものであった。TC-100の液晶は、12桁×3行表示が可能であったが、漢字フォントは搭載しておらず、英数字、カタカナ、記号しか表示できなかった。また、24個のキーを装備していたが、キートップが小さくて固かったため、押しにくかった。TC-100は、ROMに10桁の電卓機能と電話帳機能、カレンダー付き時計機能を内蔵しており、単体で電卓や電話帳として利用できたほか、PCで作成したユーザーアプリケーションをダウンロードして、実行することもできた。

PCカードスロットに挿すときは、黄色いカバーを外す

 ChipCard VW-200は、初代ChipCardの問題点であった液晶画面の狭さやキーの押しにくさを解決するために、折りたたみ式携帯電話に似たスタイルを採用したことが特徴だ。VW-200は、折りたたんだ状態のままType3 PCカード対応スロットに挿入できるほか、液晶画面を開いた状態では、Type2 PCカード対応スロットにも挿入できた(ただし、液晶画面を開いた状態でも、Type2 PCカード Extendedとはサイズが微妙に異なるため、PCカードスロットによっては挿入できないものもあった)。

 VW-200は、折りたたみ式スタイルの採用によって、TC-100よりも格段に大きな液晶を搭載でき、その使い道は大きく広がった。液晶の解像度は200×320ドットで、Palm OS搭載PDAと比べても2倍以上の解像度を実現していた。また、漢字ROMを内蔵しており、JIS第1水準/第2水準の漢字を表示できたので、本格的なビューアとしての利用が可能になった。また、スピーカーも内蔵しており、トーンダイヤラー機能も実現していた。ROMには、強化された電話帳機能や電卓機能のほか、テキスト/PIMビューアー機能が内蔵されており、PCからテキストファイルやPIMデータを転送して、VW-200上でそのデータを閲覧することができるようになった。TC-100で不評だったキーも大きくなり、指が痛くなるようなこともなくなった。

 熱心なユーザー達の手によるVW-200用アプリケーションも登場し、一時はかなりの盛り上がりを見せたが、ChipCardはこのVW-200が最後の製品となり、直接の後継製品は登場しなかった。しかしその後、米国のROLODEXの「REX」やシチズンの「DataSlim」「DataSlim2」といったChipCardとよく似た製品が登場したことからもわかるように、その製品コンセプトは、今でも十分通用するものであろう。

WorkPad z50('99年5月米国で発表) ~IBM唯一のWindows CE搭載マシン

 CPU:NEC VR4121 131MHz
 メモリ:16MB(最大48MB)
 液晶:8.2インチDSTNカラー6万5536色(VGA)
 バッテリ駆動時間:8時間
 サイズ:259×203×25.4mm
 重量:1.17kg
 搭載OS:Windows CE H/PC Pro 3.0
 標準価格:999ドル(米国価格)
WorkPad z50


 WorkPad z50は、日本では未発売のマシンで、IBM唯一のWindows CE搭載マシンである。Windows CE搭載マシンは、Pocket PCやH/PC(Handheld PC)のように、フォームファクターによって大別できるが、WorkPad z50は、H/PC Proと呼ばれるフォームファクターに分類される製品だ。H/PC Proは、キーボードを装備したH/PCよりも大きなデバイスで、キーボードとVGAまたはSVGA表示が可能な液晶パネルやマウスなどのポインティングデバイスを装備していることが特徴だ。つまり、OSこそWindows CEベースだが、サイズ的には日本でいうサブノートPCに近い製品である。

 米IBMでは、WorkPad z50の発表以前に、Palm OS搭載PDAのWorkPad 30x/WorkPad c3を発表しており、WorkPad z50は、WindowsベースのThinkPadとPalm OSベースのWorkPadの間のギャップを埋める製品として登場した。WorkPad z50のサイズは259×203×25.4mm(幅×奥行き×高さ)で、ThinkPad 220よりも一回り以上大きく、サイズ的にはThinkPad 701C(247×201×44mm)に近い。米国では、キーボードの大きさを重視するユーザーが多いため、H/PC Proの中でもボディは大きめである。ただし、HDDを内蔵していないため、厚さは25.4mmと薄く、重さも1.17kgと軽い。ポインティングデバイスとして、ThinkPadシリーズではお馴染みのトラックポイントが採用されており、筐体のデザインもThinkPadシリーズによく似ている。

 WorkPad z50は、インタフェース類も充実しており、シリアルポートやIrDAポート、VGA出力ポートのほか、PCカードスロット(Type3/2/1×1)とCFカードスロット(Type2)を装備していた。標準バッテリで8時間の連続駆動が可能であり、オプションの大容量バッテリーを利用すれば、16時間という長時間駆動が実現できた。

 WorkPad z50は、バーチカル市場を主なターゲットとして販売されたが、Windowsベースのフル機能ノートPCに比べて機能が限られているにもかかわらず、999ドルという価格が割高であると判断されたのか、その売れ行きは芳しくなかったようで、翌年春には製造が中止され、IBMは事実上Windows CE市場から撤退することになった。

 日本でも、NECやシャープなどからH/PC Pro搭載製品が発表されたが、やはりサブノートPCとの差別化が難しかったようで、現在では見かけなくなってしまった。

WorkPad(8602-31J)(2000年7月発表) ~PHS通信モジュールを内蔵したPalm OS搭載PDA

 CPU:Dragonball EZ/16MHz
 メモリ:4MB(DRAM)/2MB(Flash ROM)
 液晶:160×160ドット
 バッテリ駆動時間:約2週間(単4アルカリ乾電池2本)
 サイズ:120×82×18mm
 重量:182g
 搭載OS:日本語版Palm OS ver. 3.1
 標準価格:34,900円(IBM通販価格、8602-31J)
WorkPad 8602-31J


 こちらは同じWorkPadでも、Palm OSを搭載した、胸ポケットにも気軽に入れられるサイズのPDAである。

 日本語版Palm OSを搭載したWorkPadの第1号機となったのが、'99年2月に発表されたWorkPad(8602-30J)である。WorkPad(8602-30J)のハードウェアスペックは、北米で3Comから発売されたPalm IIIxと同一だが、筐体の色がブラック(Palm IIIxはダークグレー)になっているという違いがあった。WorkPad(8602-30J)では、従来のPalm IIIが装備していたメモリ拡張用スロットの代わりに、Open expansion slotと名付けられた拡張用スロットを装備したことが特徴だ。

 WorkPad(8602-31J)は、WorkPad(8602-30J)にOpen expansion slot対応のPHS通信モジュール(32kbps対応)を組み込んだもので、携帯電話やPHSなどと接続せずに、単体で通信が可能なことが利点である。WorkPad(8602-31J)内蔵のPHS通信モジュールは、データ通信専用であるため、音声通話には利用できない。WorkPad(8602-31J)では、PHS通信モジュールを活かすために、Webブラウザの「PalmScape for WorkPad」やメールソフト「JotMail for WorkPad」と「MultiMail for WorkPad」が添付されていた。

WorkPad(8602-31J)のスケルトンモデル。上部の金色の部分がPHSモジュール 背面にはPHSユニット内蔵であることが表記されている

 WorkPad(8602-31J)は、当初は企業ユーザー向けとして日本IBMから直接提供されており、一般の店頭では販売されていなかったが、個人でも購入したいという要望が多く寄せられたことで、2000年11月に個人向けの通信販売が開始された(一部のショップでの取り扱いも開始された)。個人向けとして販売されたWorkPad(8602-31J)は、PHS電話番号を取得していないモデル(8602-31J)と、東京通信ネットワーク(現 アステル東京)のPHS電話番号を取得したモデル(8602-31A)の2モデルが用意されており、日本IBMの通販価格は前者が34,900円、後者が29,900円となっていた。

 ちなみに、Palm OSベースのWorkPadシリーズとしては、他にPalm VをベースとしたWorkPad c3('99年5月発表)、内蔵メモリが8MBに強化されたWorkPad c3(2000年4月発表)、カラー液晶とSDカードスロットを搭載したPalm m505をベースとしたWorkPad c505(2001年5月発表)が登場したが、PDA市場の中で十分なシェアを確保することができなかったため、すでに生産が中止されており、市場在庫を残すのみとなっている。

(2002年11月1日)

[Text by 石井英男]


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