“愛着”こそ究極のエコロジー貢献

~ 日本IBMデザイン部門担当部長 山崎和彦氏インタビュー [後編] ~

 PCを自身のビジネスツールとして活用するプロフェッショナルユーザーに絶大な人気を誇るThinkPad。数多くのノートPCが横並びのハードウェアスペックを持つ中で、プロフェッショナルユーザーがあえてThinkPadを選択する理由は、ThinkPadに「道具」としての魅力があるからだと筆者は考える。そして、こうしたThinkPadの魅力を支える大きな柱のひとつが、IBMの一貫したデザイン哲学だ。そこで、同社が考えるデザインの基本理念と将来の方向性について、日本アイ・ビー・エム(日本IBM) デザイン部門担当部長の山崎和彦氏にお話を伺った。
 後編となる今回は、日本と海外でのデザインの相違点とIBMが掲げる4つのデザインを中心に取り上げていく。(2002年10月3日、日本IBM大和事業所にてインタビュー) [Text by 伊勢雅英]

□インタビュー前編
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/1029/tp10.htm

 
 
日本、アメリカ、ヨーロッパで好まれるデザインの傾向

日本アイ・ビー・エム株式会社
デザイン部門担当
山崎和彦部長

 IBMは世界中にThinkPadを発売しているが、当然のことながら日本、アメリカ、ヨーロッパでは好まれるデザインも異なる。山崎氏は、各地域の傾向を次のように説明する。「あくまでも全体的な傾向ですが、まず日本人は“モノ”が好きで購入する傾向にありますね。とても小さいとか軽いとか、面白い機能が付いているとか、“モノ”としての魅力に惹かれて思わず購入してしまう人が多いようです」。

 「アメリカでは、“モノ”というよりも“道具”として役立つのかとか、本当にお金を払う価値があるのかといった感じで、かなり実利的な見方をされます。例えば、カラーディスプレイが発売されたときがよい例です。日本では、カラーで表示されるという“モノ”としての魅力に惹かれた人が多かったわけですが、アメリカでは当時のコンピュータにおいてカラー表示を不要と判断する人が多く、“道具”として使うぶんにはモノクロディスプレイで十分と考えられました」。

 「ヨーロッパでは、日本やアメリカとはまた違った考え方がされます。'90年代前半の不況も大きく影響しているように思われますが、PCを生活に直結したものと捉えている人が多くいます。つまり、PCを所有し、活用している人は、仕事もたくさんもらえるといった感覚です。

 これは、アメリカの“道具”というニュアンスともちょっと違いますね。また、デザインに関する意識が極めて高いのもヨーロッパの特徴です。仕事で使用するものだから無骨なデザインでよいというわけではなく、文化性のあるデザインも同時に求められます」。


日本、アメリカ、ヨーロッパの血が流れるThinkPad

 PCに求められるものが地域ごとに異なるとはいえ、今日のようなグローバルな時代にPCの仕様が地域ごとに異なっていては使い物にならない。日本で買ったものをアメリカやヨーロッパに持っていき、故障したら現地で修理を行ない、足りないパーツがあったら現地で調達できてしかるべきだ。

 従ってIBMは、日本、アメリカ、ヨーロッパが求めるものをうまく統合し、ワールドワイドで統一されたデザインを提供している。「ThinkPadは、“道具”として十分に使えるという実利性をベースに、ヨーロッパならではの高い“文化性”と日本の“もの”としての面白さを組み合わせたものです。ThinkPadのデザインは、日本人の私、アメリカ人のマネージャ、ヨーロッパ人のリチャード・サッパーの3人が決めていますので、実は日本、アメリカ、ヨーロッパの考え方が必然的に混じっていることになります」。

 さらに、製品のラインナップについて興味深いコメントを続ける。「地域ごとに大まかな傾向があるとはいえ、実際には各地域の中にもお客様ごとに色々な使い方や価値観が存在します。IBMとしては、なるべく全世界の色々な使い方に適した製品を用意したいと考えており、こうして揃えられたThinkPadのラインナップが、A、T、X、Rという4つのシリーズです。すでにお話ししたとおり、モノ、道具、文化性という3つのエッセンスを組み合わせながらも、お客様の色々な使い方を想定して、シリーズごとに多少トーンを変えてデザインしています」。

10年後の目標として掲げられた4つのデザイン

 IBMは、自社のデザインにさらなる磨きをかけるために、「Brand Design」「Universal Design」「User Centered Design」「Smile Design」という4つのデザインを提示している。山崎氏は、これらのデザインを「現在から10年後に実現したいと考えている私たちの目標です」と話す。

 なお、4つのデザインの意味を簡単にまとめると、以下のようになる(詳細は、IBM Design from Japanのサイトを参照していただきたい)。

[1]Brand Design …… 自分らしさを表現するデザイン。企業らしさを語るのはもちろんのこと、それを所有するユーザーのライフスタイルさえも個性的なものにするデザイン

[2]Universal Design …… 国境や文化、年齢や性別、障害などに関係なく、すべての人が使いやすいと感じるデザイン

[3]User Centered Design …… ユーザーを中心に考え、コンピュータがあたかも空気のようになって自然に溶け込むデザイン

[4]Smile Design …… ユーザーとコンピュータの関係を楽しいものに変え、コンピュータをもっとユーザーのそばに寄り添う存在にさせるデザイン

4つのデザインコンセプトが目指すものとは?

 山崎氏は、これらのデザインとその達成度について次のように説明を加える。

 「Brand Designは、ThinkPadでは実現されていますが、IBM全体としてはまだまだ不十分です。IBMは、ThinkPadだけでなく、大型コンピュータやサーバー、ソフトウェアなど、さまざまな製品を発売しています。最近の若い人は携帯電話を主体に使っていますが、IBMは携帯電話こそ作っていないものの、携帯電話向けのコンテンツを提供するWebアプリケーションサーバー(WebSphere)や、携帯電話をもっと使いやすくする研究などに取り組んでいます。私たちは、お客様から直接目に見えないこうした製品やサービスに対しても、IBMというブランドをしっかりとお客様に伝える必要があるのです」。

 「Universal Designは、製品への実装という点では一部しか実現できていませんが、研究レベルでは色々と進んでいます。例えば、“MetaPad”の研究プロジェクトがあります。MetaPadのコンセプトは、重さが9オンス(約255g)でPalmデバイスほどの大きさしかないフル機能のコンピュータです。MetaPadは米国で発表されたものですが、開発自体は大和事業所で行なわれました。MetaPadは、それぞれのお客様に最適なユーザーインタフェースを加えることで、1つのコンピュータが出来上がる仕掛けになっています。これは、壁掛け時計にも似ています。壁掛け時計は共通のユニットを使いつつも、ご高齢の方向けの製品には大きな文字の盤面を組み合わせ、女性向けの製品にはピンク色のスタイリッシュな盤面を組み合わせることで、お客様ごとに適したインタフェースを実現していますよね」。

山崎氏にお持ちいただいた「MetaPad」のモックアップ。CPUとメモリ、HDDとドッキングコネクタのみ備えており、モジュールに取り付けることで、デスクトップPC、ノートPC、PDAなど、様々なフォームファクターに変更できる
ノートPCモジュールに取り付けたMetaPad。キーボード奥の黒い部分がMetaPad
バッテリモジュールと小型のディスプレイモジュールを取り付けてPDAにしたMetaPad

 「User Centered Designは、テレビのように電源を入れたらすぐ使えるようなデザイン、もっと理想をいえば使っていること自体を意識させないようなデザインのことです。ThinkPad上で動作するOSやアプリケーションソフトウェアなど、自社製品以外のものも複雑に絡んできますから、非常に敷居の高い課題といえます」。

 「Smile Designは、コンピュータを使っている途中または使った後に、思わず微笑んでもらえるようなデザインです。いくら私たちが一生懸命考え抜いて作ったデザインでも、お客様がそれを受け入れてくれなければやはり失敗なのです。従って、ある時にはまったくの第三者になり、子供のような純粋な気持ちで自分たちのデザインを客観的に評価できる体制を揃えなければなりません。これさえできれば、決して間違った方向に進むことはないでしょう。裏を返せば、リチャード・サッパーのような優秀なデザイナーは、こうした客観評価を自分の中でしっかり行なえる人なのだと思います」。

愛着を持って長く使ってもらえる製品こそが究極のエコロジー

 現在、地球環境問題を解決する動きが世界的に活発化している。エコロジーに対する自社の取り組みを示すため、環境マネジメントシステム(EMS)の世界標準「ISO14001」を取得する企業も続々と登場している。いうまでもなく、IBMも環境部門をいち早く設置し、本格的な環境経営に取り組んでいるメーカーの1つだ。なお、IBMの環境経営については、東洋経済新報社から発売されている「IBMの環境経営」(山本和夫氏・国部克彦氏著)が詳しい。

 デザインという立場から見たエコロジーへの貢献について、山崎氏は次のように話す。「環境部門が指定した素材を使うというのは当たり前の話ですが、デザイナーとして貢献できる究極のエコロジーは、やはり“できるかぎり愛着を持って長く使ってもらえるもの”を作ることでしょう。捨てなければゴミになりませんから(笑)」。

 IBMは、先述のユニバーサルデザインと製品のライフサイクルという観点から、このような愛着の持てる製品作りを目指しているという。まず、色々な使い方をする複数のユーザーがいて(これがユニバーサルという考え方)、それぞれのユーザーは梱包の箱を開ける、中身を取り出す、セットアップする、電源を入れる、さまざまなソフトウェアを使う、アップグレードする、廃棄する……といったさまざまなタスクを実行することになる。

 このとき、各タスクをひとつの短いライフサイクルと捉えると、各ユーザーの各ライフサイクルにはそれぞれ問題点があることが分かる。こうした問題点に対して、どのような解決方法(デザイン)を提示すればいいのかを綿密に検討するプロセスを踏むことで、より長く快適に使ってもらえる製品を実現しようというのだ。山崎氏は、こうした手法を「スパイラルデザイン」、複数のユーザーとライフサイクルによって作られた立方体を「スパイラルキューブ」と呼んでいる。

山崎氏直筆の「スパイラルデザイン」「スパイラルキューブ」説明図

X30のポイントは、コンパクト化と大容量バッテリ

ThinkPad X30(写真は10th Anniversary Limited Edition)

 最後に、最新作「ThinkPad X30」のデザインに関しても少しだけお話を伺った。

 ThinkPad X20の完成度が高く、人気もあったことから、後継機にあたるThinkPad X30のデザインはかなり難しかっただろうと予想される。これについて山崎氏は次のように感想を述べる。「デザイン面ではThinkPad X20の時点でほぼ完成していましたが、本体のサイズがまだまだ大きく、特にウルトラベースとドッキングすると高さが高くなりすぎます。また、バッテリー動作時間が短いことも気になりますね。そこでThinkPad X30は、さらなるコンパクト化とバッテリー動作時間の延長に力を入れました。とにかく、ThinkPad X20で良かった点が悪くならないように最大限注意を払いました」。

 ThinkPad X30で特に苦労したのは、拡張バッテリのデザインだという。「バッテリ動作時間を延長する大容量の拡張バッテリを新たに設計しましたが、これはエレキやメカだけでなく、デザインも大きく関わるものです。一般に大容量バッテリを搭載すると、外観が格好悪くなったり、邪魔になりがちですが、ThinkPad X30ではこうした問題をできるかぎり回避することに力を注ぎました。また、拡張バッテリを搭載すると本体に傾斜が付くような、さりげない工夫も加えてあります」。

ThinkPad X30のモックアップ。ドックや拡張バッテリのモックアップも作られ、ドッキングできるようになっている

□IBM Japan Design
http://www-6.ibm.com/jp/design/
□IBM Research News - IBM Research Demonstrates 9-Ounce Prototype Portable Computer to Explore Future Devices(MetaPadのニュースリリース:英文)
http://www.research.ibm.com/resources/news/20020206_metapad.shtml
□関連記事
【2002年5月8日】ThinkPadの現在と未来(下)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0508/ibm2.htm
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IBMフェロー 内藤在正氏インタビュー [後編]
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/1002/tp02.htm
【2002年10月8日】ThinkPad 10th Anniversary Special 04
写真で見る ThinkPad 10th Anniversary Limited Edition
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/1008/tp04.htm
【2002年10月21日】ThinkPad 10th Anniversary Special 10
日本IBMデザイン部門担当部長 山崎和彦氏インタビュー [前編]
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/1029/tp10.htm

(2002年10月30日)

[Text by 伊勢雅英]


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