AMDが、次期PC向けCPU「ClawHammer(クローハマー)」の出荷が遅れることをロードマップの更新で明確にした。
意外な展開? いいや。むしろ、AMDにとって最大の問題は、これを誰も意外だと受け止めない点だろう。
正直な話、ClawHammerを年末までに出すというAMDのアナウンスについて、多くの業界関係者は、“運が良ければ”程度にしか考えていなかった。AMDが年内出荷と強調していた今年6月のCOMPUTEX時点でも、冷めた声が圧倒的だった。
例えば、ある台湾マザーボードベンダーの幹部は「AMDが言うとおりのスケジュールで出るかって? チッチッ(笑)。いつだってAMDは予定から大きく遅れる。K8だけが違うというはずがない。もし、年内に出すというなら、ちゃんと動作するサンプルが、今の時点で、我々の手元になければならないはずだ」と6月の時点で言っていた。
だから、年末というのはあくまでも最速のケースで、しかも極少量だと考えられていた。OEMに出荷したというリリースを出すかもしれないが、市場では見れないと思われていたわけだ。実際、今夏に、AMDがOEMに説明した年内の生産計画にも、Hammerの項目は入っていなかった。当然、PCメーカーの製品計画にも年内は入っていない。
そのため、来年公式ロードマップが前半にスキップするだけなら、それほど誰も驚かないし困らない。当然のスケジュールで、“遅れ”とは言えない。本来のあるべきスケジュールだ。むしろ、誰もが懸念しているのは、それ以上にずるずるとClawHammerが遅れることだろう。今回のアナウンスが、その前触れでなければ……というわけだ。
AMD公式ロードマップ(9月12日付) |
●時間がかかるのは当然のHammerアーキテクチャ
実際、冷静に考えればClawHammerは時間がかかって当然だ。それは、CPUの4つの要素が新しいからだ。
(1)新しいマイクロアーキテクチャ
(2)新しいプロセス
(3)新しいチップセット&マザーボード
(4)新しいシステムパーティショニング
Hammer系は、Athlon(K7)系を引き継ぐとはいえ、新しい世代のマイクロアーキテクチャになる。そうなると、CPUのデバッグ自体にかなりの期間が必要になる。Intelの場合だと、新マイクロアーキテクチャCPUでは、最初のシリコンが出てから出荷まで1年かかるのが普通だ。例えば、Intelの検証ラボがあるFolsomでは、マイクロアーキテクチャの新要素であるHyper-Threadingの検証をもう2年もやっているという。
AMDは、HammerからSOIテクノロジを使う0.13μmプロセスを導入する。SOIウエーハの導入によってプロセスのフロントエンド(トランジスタ)は大きく変わる。これだけでもかなりのチャレンジになる。実際、多くのCPUベンダーが、新プロセスにはまず実証されたアーキテクチャのCPUを載せ、次に新アーキテクチャを載せるというパターンを経る。しかし、AMDはSOIにまずHammerを載せる。
もちろん、よく知られているようにHammerではチップセットもマザーボードも一新される。システムバスは、HyperTransportで800MHz駆動になる。今回は、これは比較的ハードルは低い。というのはHammerアーキテクチャではシステムパーティショニングが変わるからだ。
Hammerアーキテクチャでは、これまでチップセット側だったメモリインターフェイスがCPU側に来る。つまり、チップセット設計で最もやっかいで検証に時間がかかるメモリインターフェイスをCPUが抱える。そのため、マザーボードベンダーは、Hammerのプレ量産サンプルが来てからメモリモジュールの互換性検証に入ることになる。
こうした要素を考えれば、ClawHammerの立ち上げに時間がかかるのはむしろ当たり前で、これまでの公式スケジュールの方が強気すぎたというだけだ。同時期にシリコンができたIntelの「Banias」が、来年第1四半期立ち上げなのを見れば、よくわかる。しかも、Hammerはメモリインターフェイスの統合という、Baniasにはない難題も抱えている。
●問題はAthlon XPの方にある
しかし、この“遅れ”がHammerの魅力を削ぐわけではない。デスクトップCPUでメモリインターフェイスを統合するという試みは、メモリがこれだけボトルネックになった今、非常に魅力的だ。少なくとも、Intel側は、今すぐはメモリレイテンシを減らすための画期的な手段を持たない(L2キャッシュは増やして行くが)。アーキテクチャ的にはHammerの魅力は大きい。
問題は別なところにある。それは、AMDがHammer立ち上げのために、Athlon XPの強化を意図的に抑えていたことだ。その象徴が、FSB(フロントサイドバス)で、Athlon XPは、メモリはDDR333になったのにFSBは266MHzのままという不均衡状態にあった。自作系で、Athlon XPが失速気味になった理由のひとつは、そこにある。AMDは、ようやく来月Athlon XPのFSBを333MHzに引き上げる(Athlon XP 2700+)つもりだ。明らかに2四半期ずれている。本来は、まだまだAthlon XPのテコ入れをしなければならない時期に、それを見送っていたことで、Athlon XPの位置は相対的に低下してしまった。
それから、もっと全般的な問題として、AMDのプロセス移行の遅れがある。0.13μm版Athlon XP(Thoroughbred)の出荷量を見ている限り、0.13μmプロセスへの移行でも、AMDはあきらかにもたついている。これは不思議な話で、AMDは多くの半導体ベンダーが0.13μmでつまずいた銅配線(とCMP処理)を0.18μmですでに導入している。0.13μmには、もうひとつつまずき易い要素として「低誘電(Low-k)率(配線間膜)材料」があるが、AMDがどこで手間取ったのかわからない。
ちなみに、AMDはAthlon XP 2400+以降は、Thoroughbredのリビジョンをアップした。チップ全体の物理設計を改良して、配線層を増やすことで高クロック化を容易にしているという。これは、特に意外な話ではなく、ある程度似たようなことはみなやっている。
例えば、Intelの0.13μm版Pentium 4(Northwood:ノースウッド)も、最初は0.18μm版Pentium 4(Willamette:ウイラメット)のフロアプランをほぼそのまま持って行き、次のステップで物理設計をプロセスに最適化させている。また、知っている限りではPentium II(Deschutes:デシューツ)からPentium III(Katmai:カトマイ)へ移行する時も、同じプロセスでありながら電力供給レイヤーを完全に変えて高周波数化をしやすくしていた。
●今のBartonはハードルが低い
Thoroughbredを、リビジョンアップである程度高クロック化して333MHz FSB化して、問題はそれでどこまでAthlon XPの底上げになるかだ。もっとも、AMDはもうひとつカンフル剤になる要素を持っている。それは、Athlon XPの次のステップであるAthlon XPの強化版「Barton(バートン)」だ。Bartonについても、本格的な立ち上がりは来年になると、誰もが考えている。
8月の段階では、AMDはThoroughbredは2800+までで、2800+以降はBartonに移行する(2800+はダブる)と説明したという。これがまだ有効なら、Bartonは来年前半には出てくることになる(Thoroughbredの2800+は年内にアナウンスの見込み)。
Bartonが4月までの計画のままなら、このスケジュールもかなり疑わしかった。というのは、4月までのBartonはSOIテクノロジを使うことになっていたからだ。だが、4月のロードマップチェンジで、AMDはBartonを通常の0.13μmプロセスで製造し、L2キャッシュを倍の512KBにするとアナウンスした。つまり、プロセステクノロジを変更するバージョンではなく、単にThoroughbredのL2キャッシュの強化版になったわけだ。Bartonというコードネームこそ同じだが、中身は別ものになったと考えていい。
この4月のロードマップ変更からは推測されるのは次の2点だ。
(1)AMDは全生産量をSOIに移行するのはムリだと判断した。
(2)BartonをSOIを持たないUMCでも生産させることにした。
いずれにせよ、このチェンジの結果、Bartonの技術的なハードルは、Hammerよりずっと低くなった。また、AMDがモデルナンバーを使っているため、Bartonには利点がある。AMDは、L2キャッシュを増量したBartonのモデルナンバーを、同クロックのThoroughbredよりL2キャッシュによる性能アップ分、高く設定してくると思われる。これは、Bartonの製品ミックス(動作周波数の分布)がThoroughbredと同じだったとしても、Bartonの方がモデルナンバーを高くできることを意味する。つまり、AMDにとっては、高クロックへ移行するのと同じ効果が得られることになる。
AMD CPUコアロードマップ |
●Barton移行はAMDの状況に左右される
では、いつどれだけBartonが出てくるのか。これは、次のどちらのパターンかによって大きく変わる。
(1)BartonがAMDのFab30とUMCの両方、またはFab30だけで生産される
(2)BartonがUMCだけで生産される
AMDは台湾ファウンダリUMCにAthlon系CPUの製造委託をする契約を結んだ。委託するコアはBartonだと推測される。Bartonが、(2)のパターンでUMCだけでしか製造されないとすると、その立ち上がりは手間取る可能性がある。UMCは同じ台湾ファウンダリであるTSMCと比べると、これまでは高パフォーマンス製品にはそれほどフォーカスして来なかったからだ。
しかし、(1)のパターンで、AMDがBartonをThoroughbredと同じFab30で製造するなら、先ほど言ったように技術的なハードルはかなり低い。問題はむしろ技術面より経済面だ。
そもそも、AMDがCPUのL2キャッシュサイズを小さく止めているのは、AMDの製造キャパシティが限られているからだ。L2キャッシュを小さくしてダイサイズ(半導体本体の面積)を小さく止めれば、それだけ1枚のウエーハから多くのCPUを採ることができる。Fab30ひとつだけで生産量をまかなわなければならないAMDにとって、ダイサイズが大きく少ない個数しか1枚のウエーハから採れないBartonへの移行は難しい。同じことはHammerへの移行にも言える。
だが、ここに面白い要素がある。原理的に言うと、AMDはシェアが落ちて苦しくなると、CPUを高性能化しやすくなる。需給の原理からだ。
AMDのシェアが伸び続け、またPC市場全体が拡張していると、需要に応えるためAMDはCPUの総生産個数を高く維持しなければならない。そうすると、ダイの大きなBartonやHammerに移行がしにくい。ところが、もしAMDがシェアを落としたり、PC市場が伸び悩むと、AMDは低需要に合わせてCPUの総生産数を減らせるので、その分BartonやHammerへ速く移行できる。つまり、AMDがIntelに対して劣勢にどんどんなって行くと、AMDはCPUの高性能化を加速できることになり、劣勢に歯止めをかけられる原理となる。
つまり、もしBartonがFab30でも製造されるなら、AMDは苦しくなったらBartonへの移行を加速してくると考えられる。その結果、Athlon XPのモデルナンバーはまだ伸び続けることになる。
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【9月13日】AMD、ロードマップを更新。Hammerの立ち上げを2003年に延期
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0913/amd.htm
(2002年9月18日)
[Reported by 後藤 弘茂]